コラム

パワハラで潰れそうだった私が実践した、たった1つの対処法

2019年5月、改正労働施策総合推進法が参院本会議で可決。企業に対してパワハラの防止策、いわゆる「パワハラ防止法」が義務付けられた。この施策は、これまでのパワハラによる被害が「深刻で根が深い」ことを意味する。始まったばかりの「パワハラ防止法」が社会に浸透するのは、まだまだ先の話だろう。

では、いまパワハラに苦しんでいる人はどうすればいいのだろう?同僚や会社の上層部に相談?はたまたハラスメントの相談窓口?実際のところ、パワハラに苦しんでいる人の大半は、精神的にも追い込まれているケースがほとんど。そのため、上記のような逃げ道はない。20年前の私もそうだった。

当時、上司から執拗なパワハラを受けていた私は、だれにも相談できずにいた。パワハラ相談窓口なんてものもない時代だ。パワハラに耐えて、精神をすり減らしていくだけの日々…。今回紹介するのは、パワハラに苦しんでいた私が、「ひらきなおったらなんとかなった話」。同じ苦しみを抱えている方の参考になれば幸いだ。

やる気に溢れた新人時代。そこに待っていたのは

右も左も分からなかった新人時代。私が配属されたのは設計部。ここではおもに機械設備のデータを起こして図面を描き、新たな設備を作るための部品手配をする。簡単に言うと、何でも屋のような部署だ。
 
配属された設計部の雰囲気は独特なものだった。まず、会話が極端に少ない。事務的な報告の会話はある。だが、仕事中にこぼれ落ちるような雑談の会話はほぼゼロだった。会話がなければ当然、職場の雰囲気も暗い。活気というものは感じられなかった。そして、職場の先輩も同僚も、誰もが上司の顔色を伺っていた。
 
厚生労働省の調査によると、パワハラが起こりやすい職場の特徴には次のようなものがある。
 
●上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない
●失敗が許されない/失敗への許容度が低い
●従業員間に冗談、おどかし、からかいが日常的に見られる
(参考:令和2年度 厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書
 
今思うと、この特徴をほぼ満たしているかのような職場の雰囲気。そして、その雰囲気を作り出していたのは、間違いなく「上司」だった。

パワハラ上司との出会い


20年前というと、「パワハラ」という言葉すらもまだ浸透していなかったかもしれない。行き過ぎた指導は、「熱心な指導」とか「誰もが通る道」と許容されており、決して珍しいものではなかった。
 
私が配属された部署の上司は、「ちょっと言葉が厳しいけれど、熱心な人」という評判だった。そんな認識だったので、配属先が上司のいる部署と聞いたときも、悲観することはなかった。むしろやる気に溢れていた新人の私は、「ちょっと厳しいぐらい、やる気と根性でなんとかなる!」と本気で思っていた。
 
しかし、それはすぐに甘い考えだったと思い知らされることになる。実際の上司は「ちょっと言葉が厳しい」ではなく、「部下の失敗を許さない」人だった。部下が失敗をしたとき、執拗なまでに責め続け、最後には責任を丸投げにする。そんな状況だった私たちは、常に上司に怯えながら仕事をしていた。
 
あなたは厚生労働省の定める「パワーハラスメント」の定義をご存知だろうか。
①優越的な関係を背景とした言動
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
③労働者の就業環境が害されるもの
これら①から③までの3つの要素を全て満たすものをいうそうだ。
(参考:厚生労働省「ハラスメントの定義」
 
つまり、①上司による②業務上あきらかに必要性のない言葉で③精神的に苦痛を受けたものがパワハラに相当する。時代が今なら、すぐにでも「パワハラ認定」を受けていただろう。
 
話を戻そう。当時、上司のパワハラは、日常的に行われていた。ある日、顧客へ送るメールの内容にミスをしてしまったことがある。添付データの間違いに気付かず送信してしまったのだ。顧客にメールを送るときは、上司にも必ずCCを付けるというルールがある。そして、このメールを見た上司から呼び出しを受けたのである。
 
「なんだ、このメール。ふざけているのか!」
「だれがこんなメール、送っていいって言った!?」
「この送ったデータ、どうするつもりだ!」
 
大体このような内容の発言で、30分から1時間近く責め続けられる。この場で何か発言しようものなら、「言い訳するな!」とばっさり切り捨てられるので、発言もできない。この頃にはもう、「怒られるのはすべて自分が悪いから、何を言われてもしょうがない」という諦めで頭がいっぱいになっていた。「ただただ早くこの時間が終わってほしい」耐え忍ぶ日々だった。

みんな気づいていたパワハラの実態


日常的に職場で行われる「熱心な指導」は、当然ながら周りも気づいていた。だが、「熱心な指導」の話題が表に出ることはない。なぜなら、日常的に行われることが「暗黙の了解」になり、指導を受けるのは「直属の部下だけ」だからである。
 
パワハラを受け始めた頃に一度だけ、上司の更に上である課長に相談したことがある。そのときの課長のセリフは、「彼(上司)は頑固親父タイプだからね。君のためにあえて言ってくれているんだよ」と言われただけだった…。パワハラを受けても、誰も助けてくれない。
 
厚生労働省が、各企業から「ハラスメントの予防・解決への課題」についてまとめたアンケートがある。企業からの回答は、「ハラスメントかどうかの判断が難しい」(65.5%)、次いで「発生状況を把握することが困難」(31.8%)が高かった。
(参考:令和2年度 厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書
 
この回答の背景は、個々によってパワハラの捉え方がバラバラであり、パワハラに対しての意識が低いのが要因だろう。

長期出張という逃げ道が目の前に


そんなある日、「遠方になるけど、1年ぐらい出張に参加しないか?」という打診があった。上司からも「単身赴任になるから断ってもいい。だが、この仕事はお前が最後までみることになるから行けるなら参加したほうがいい」と言われた。実際は、先輩社員に帯同しての出張。半分は勉強のようなかたちになる。「お前が最後までみる」という発言が気にはなったが…。「上司から離れられる」この一心だけで参加を決めた。
 
出張中の上司への報告は、おもに先輩社員の担当だった。単身赴任の寂しさはあったが、上司との関わりから解放され、仕事に対するモチベーションはすっかり回復していた。
 
だが出張が終盤に差し掛かったころ、顧客から「納期延長」を打診される。理由は仕様の変更によるもので、顧客も先輩社員も口を揃えて「よくある話」と言った。この修正には、私が一部を見ていた部品も含まれていた。そこで、私から上司へ連絡を入れることになった。
 
しかし上司へ仕事の納期が延長することを伝えると、返ってきた返事は厳しいものだった。「お前の進め方が悪い。これからは毎日、お前が俺に報告しろ」と言われたのだ。なぜかその日を境に、毎日毎日、上司へ報告の電話をすることになる。上司への報告は、毎回30分から1時間ほど続いた。報告の度に納期遅れを責められ、最後に「お前の進め方が悪い。なんとかしろ」で、電話が終わる。
 
次第に、次の日の朝が怖くなり、食欲もなくなっていった。上司への電話中は吐き気がして手も震えている。周りの同僚からは心配されたが、「誰も助けてくれない」ことはすでに知っている。

潰れる前にやった、たった1つのこと


その日も、上司は「お前が悪い」と、電話口で怒鳴っていた。「もうダメだ」そう思ったとき、目の前が真っ暗になり、震える指でそっと携帯の通話をオフにした。そして、そのまま携帯電話の電源もオフに。電話口では上司がなにかを叫んでいたが、途中なので何を言っていたのかはもう分からない。すぐに先輩社員のもとに上司からの電話が入った。電話で事情を伝え聞いた先輩社員が、「上司からの電話、途中で切ってないよね?」と、驚いて確認を求めてきた。
 
「切りました。もう限界です」そう答えたあと、心がふっと軽くなったのを今でも覚えている。先輩社員はかなり驚いていたが、事情を知っているためかそれ以上は何も言わなかった。
 
私がやったことは「携帯をオフにする」だった。それだけ?と思われるかもしれない。だが当時の上下関係で、上司の顔を潰すこの行動は有り得ない行為に等しかった。遠方にいたからこそ、できたことかもしれない。ただ間違いなく言えるのは、上司にもはっきりと「私の拒絶」が伝わったことだ。そして、その日から上司への定期連絡はなくなった。

変わったのは自分だけじゃなかった


パワハラは相手も無自覚な場合が多い。出張から戻ったとき、この出張中の出来事は当然のように周りにも広まっていた。同僚からは驚かれたし、別の上司からは目を付けられたかもしれない。だが、当事者である上司からは、何も言われなかった。それから2〜3ヶ月ほど経ったとき、私は隣の設計グループに異動。以降、上司とは別グループになり、会話の機会はほぼなくなっていった。
 
後日、仕事で悩んでいるときに隣グループになった上司から急に声をかけられた。「おまえは俺の電話を途中で切ったんだから、それぐらいやれるだろう」と。驚いて振り向くと、上司は笑っていた。まさかあのときの出来事を、当人からネタにされる日が来るとは思わなかった。私も笑いながら返事をし、以降、普通に会話をするようになった。
 
「携帯をオフにしただけ」
 
きっかけは些細な行動だったかもしれない。だけど、変わったのは自分だけじゃなかった。もちろん、この行動自体がパワハラを止めるとは思わない。重要なのは、相手に自分の意思を伝えることじゃないかと思う。今パワハラや人間関係に苦しんでいる人は、ぜひ自分の意思を伝えるすべを探してみてほしい。
 
【筆者プロフィール】
庭野ほたる
ライターチーム「AlphaBloom」所属。1995年に高校卒業。製造業、不動産営業を経て、技術畑の機械設計を15年間務める。設計では、おもに車や航空機の部品を担当。2022年1月、ライターとして活動開始。生活系や金融系などさまざまなジャンルで、SEO記事やコラムの執筆を行う。2023年5月、フリーランスのライターとして独立。現在は、SEO記事やコラム、取材記事の作成に携わっている。
 
\自分に合った転職先をお探しの方はこちらをクリック!/