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  • 2021.12.21

一針一針に想いを込めて。伝統を受け継ぐ京都の会社が守る、職人の技 | 株式会社和光舎

仏教寺院や仏壇に置かれる卓の天板の下にはさむ敷物を「打敷(うちしき)」という。この打敷は何代にもわたって受け継がれているものも多く、中には100年、200年以上前の品が伝わる寺院もある。そんな打敷をはじめとする、法衣や袈裟に描かれた刺繍の補修業務を請け負っている会社が京都にある。株式会社和光舎だ。

和光舎は僧侶の法衣や袈裟のクリーニングを中心に、袈裟や打敷の修繕、刺繍の補修など寺院の困りごとを解決している。2016年には日本三大祭の一つ「祇園祭」で「宵掛け」の刺繍補修を任され、9名の刺繍修復士が協力し、約半年かけて作業を実施。見事240年前の刺繍を美しくよみがえらせた。

いまでこそ「数百年前の刺繍も修復して長く使う」という発想が業界でも浸透してきたが、サービスを始めた当初は「邪道だ」と批判を浴びることもあったという。そんな和光舎が京都で創業した理由について、代表取締役・西谷真一氏に伺った。

【プロフィール】
西谷真一(にしたに・しんいち)
株式会社和光舎代表取締役。香川県出身。大学で経営学を学び、飲食業や派遣の仕事を経て2004年に同社入社。営業職として4年ほど現場を学んだ後、社内の業務に携わる。2014年に2代目として同社代表取締役に就任。同年には、一般の方にも見てもらえる工房「三条工房」開設。高精細なスキャン技術と染色技術を融合した刺繍代替製品「show-gon」を販売するなど、古き良きモノ(伝統文化)と現代技術の掛け合わせにより、顧客に喜ばれる仕事を目指している。趣味はドライブ。

保険のセールスだった創業者が「法衣クリーニング」をはじめた理由

全国に7万7000社ほどある寺院のうち、和光舎の取引先は1万3000社。請け負っている年間のクリーニング数は3万8000点にものぼる。
 

「創業者の父(現会長)は、もともと寺院向け保険会社のセールスでした。住職にとって御用人的存在だった父は、ある日寺へ帰ってきた住職が着ていたボロボロの法衣を着ているのを見て驚いたそうです。思わず『これ、ダメなんちゃいます?』と声を掛けると、『どこも直してもらえるところがあらへんのや』と言われたそうです。『それならクリーニングをしてもらえるところを探しておきます』と何気なく請け負ったのが当社の原点になったそうです」
 

創業者の謙二氏は、クリーニングを引き受けてくれる店が見つかると、保険セールスの一環として法衣クリーニングの仲介を開始。すると、住職たちのクチコミで瞬く間に評判は広がり、「うちもやってもらえませんか?」という声を掛けられるように。
 

「この事業は需要がある」と確信した謙二氏は、1994年に一念発起して法衣のクリーニング専門店を開業。当時は競合不在だったこともあり紹介だけで依頼はどんどん増えていったそうだ。
 

さらに、事業拡大のため飛び込み営業をしたところ10人中8人の住職が耳を傾けてくれた。保険の営業では「10人中1人が話を聞いてくれたら御の字」といわれるご時世。形になっていなかったサービスを生み出し、顧客のニッチな需要に応えた法衣クリーニング事業は、順調なスタートを切ることができたという。
 

お寺のルールに四苦八苦するも、素人ならではの発想で窮地を乗り越える

法衣クリーニング事業は着実に成長し、1996年には法人化され現在の株式会社和光舎として新たな歴史を歩みはじめる。当時はバブルが崩壊し、「もったいない」という言葉が流行り始めたころ。景気がよかったころの「新しいものをどんどん購入して、汚れたり傷んだりしたら買い換える」という時代は終わりを告げ、ものを大切にする風潮がもてはやされ始めた時期だった。西谷氏はこうして会社がタイミング良く時代の流れに乗ることができたのも、成功要因の一つだったと分析する。
 

「景気が悪化し寺院を経済的に支援する檀家が減ったことで、『法衣や仏具を修繕して長く使いたい』と考える住職の方が増えたのだと思います。中には『ありがたい教えや念仏が染み込んでいる法衣を洗うなんて』とおっしゃる方もいましたが、法衣を長持ちさせるためには洗濯や補修が必要だと、クリーニングの重要性をきちんと説明することで新たな顧客を開拓してきました」
 

一方で、課題もあった。需要があってはじめた事業とはいえ、社員たちは当時クリーニングに関する専門知識はなく、まったくの素人。「こんなことも知らないのか」と、僧侶からお叱りを受けることもあったそうだ。
 

「例えば、法衣には宗派によって何百通りの畳み方があるなど、お寺の世界には古くから伝わるしきたりがたくさんあるんです。しかも宗派ごとに細かいマナーやルールも違うため、それを一つ一つ覚えていくのは、とても大変でした。京都から全国各地へ営業に赴く中で、時には訪問先の住職に頭を下げ、教えを請い学んだこともありましたね(笑)」
 

ただ、「素人だったからこそ、古い慣習に囚われず、自由な発想を持てた」と西谷氏は話す。
 

「住職たちの悩みを『なんとかしてあげたい』という想いが根底にありました。既存の法衣店や呉服店が習慣上、はなから『できない』と断るような仕事も『どうやったらできるだろう』と、解決策を模索することに力を注ぎ、できる方法をとことん考えました。法衣クリーニングも刺繍補修も、そういう柔軟さがあったことがきっかけで生まれたサービス。これらが事業の拡大に繋がったのも、やはり素人からスタートした我々だからこそだったのかもしれません」
 

数百年前の刺繍修復も手がける「刺繍修復士」という仕事

法衣クリーニングをメイン業務としている和光舎だが、「刺繍修復」も手がけている。これは、仏教寺院や仏壇に置かれる卓の天板の下にはさむ「打敷」という敷物や袈裟、法衣に描かれた刺繍を修復する仕事。日本刺繍の専門家である刺繍修復士が年間150点ほど刺繍修復を請け負っている。
 

「例えば、打敷の生地は使用している間に水や油、ろうが垂れてしまったり、虫やねずみに食べられたりするため傷みやすいんです。ただ、傷んでいても刺繍部分は補修すれば、長く使ってもらえるものが多い。刺繍を新しい生地に移し替えるだけでも見栄えがよくなり、再利用できるようになります」
 

修復作業では、傷んで使用することができなくなった台地の刺繍部分を新しい台地に移し替えて、新たな刺繍部分を刺し足して修復していく「載せ替え」が行われる。色鮮やかな台地に縫い付けられた刺繍はボロボロだった面影がすっかりなくなり、美しい輝きを取り戻す。
 

「修復した品をお届けにいくと、涙を流しながら『ありがとうございます』とお礼を言われることもあります。これらの品は先祖代々伝わるもの、寄進してくれた檀家さんたちの名前が入ったものなどが多く、古くなったからといって無下に処分できるものではありません。だからこそ、ご依頼される方たちからは『新しいものを作るのではなく、今あるものを残していきたい』という並々ならぬ思いがある。法衣クリーニングを頼まれたお客さまにも、もちろん喜んでいただけますが、刺繍修復をご依頼される方たちにはより一層強い思い入れがある分、完成品をお見せしたときの感動も大きいのだと思います」

現在、和光舎には30歳から82歳まで8名の刺繍修復士が刺繍修復に携わっている。
 

「年代は違えど、みんな『刺繍が好き』という点は同じです。仕事柄、同じ姿勢で長時間目を使うので疲れることもあるようですが、みなさんいつも集中して刺繍台に向かっています。82歳のスタッフから『勤務時間があっという間に過ぎる』と聞いたときは、心から感心しました。好きなことだから没頭できるのでしょう。一針一針を手縫いしていくものがほとんどなので、1日に進む作業は少し。完成するのに数ヶ月かかる仕事もありますが、その分完成したときの達成感もひとしおだそうです」
 

年長者から若い世代へ受け継がれる技術

刺繍の修復作業は内職のように自宅で行うこともできる。だが、和光舎ではあえて出社して仕事を行うスタイルを採用している。
 

「刺繍作業自体は一人で行うものなので『在宅勤務でもいいのでは?』と思われることもあるかもしれません。ですが、当社では『技術の継承』にも重きを置いています。分からないところがあれば、同じフロアにいる先輩職人に気軽に質問できる環境があることは、刺繍技術を磨く上でも大切だと思います。『その人が引退したら終わり』ではなく、素晴らしい技術はどんどん後世へ受け継いでいってもらいたい。在宅勤務を推奨する会社もある中、あえて出社をお願いしているのは、そういう理由があるからです」
 

また、刺繍修復士は裏地を外して修復作業を行うため、表からは見えない裏側を見ることができる。どういう風に針を刺しているのか、どんな順番で糸を重ねているのか。100年、200年前の職人の技に触れることで、学べることもある。このように数百年前の職人が指導者の一人でもある、という点は刺繍修復士ならではの魅力だろう。
 

そんな刺繍修復士に西谷氏はどんな能力を求めているのだろうか。
 

「刺繍の技術が必要なのはもちろん、仕事の創意工夫を積極的に出来る方が望ましいです。中には、傷んでしまい元の状態が分からない品を依頼されることもあるので、そこをどうデザインしていくかが刺繍修復士の腕の見せどころ。別の場所の刺繍を参考にしたり、生地に残った針穴から形を想像したりして修復を完成させていく。ただ刺繍をするだけではなく、デザイン力や想像力も求められる仕事です」
 

京都の職人たちを守っていく

古き良き伝統が残る京都に本社を置く和光舎は、全国に取引先がある。だが、今も支店や工場を別の場所に置くことはなく、「京都」という場所にこだわっている。
 

「京都にはさまざまな技術をもった職人さんがたくさんいますが、高齢化が進み、伝統技術の継承が危ぶまれています。職人の技術が失われてしまうと、直せるものも直せなくなってしまう。私たちの仕事は、そんな京都の職人さんたちがいて初めて成り立つ仕事です。だからこそ、職人さんたちの仕事を作っていくことも大事にしています。これからも職人たちが集う京都から彼らの技術を守り、次の世代へ受け継いでいきたいと思います」
 

最後に西谷氏は、一緒に働きたい新たなメンバーへの想いを語ってくれた。
 

「刺繍修復士はニッチな仕事で、『こんな仕事があったんですね』と驚かれることもよくあります。数百年前に作られた刺繍の修復作業は責任感も伴いますが、表からは見えない部分を見ることができるのは刺繍修復士の特権です。はるか昔の職人たちの技を実際に目にして、触る機会は滅多ないことなので、きっとほかでは得られない経験を積むことができると思います。我こそは、という刺繍好きの方からのご応募を楽しみにしています」
 

取材・文・撮影:中田 優里奈

会社名 株式会社和光舎
所在地 京都市伏見区新町3丁目487番地
役員 代表取締役 西谷 真一
事業内容 法衣の丸洗いと補修
宗教美術織物の企画制作
資本金 1,000万円
設立年月 創業:平成6年5月10日
設立:平成8年2月29日

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