コラム

アイデアの源は、妄想力。マンガ編集者・鈴木綾一氏が贈る、中高生へのエール

デジタルやAIに関心をもつ中高生に向けて「Life is Tech!」が開催したSummer Camp 2024。国内最大級のプログラムとして延べ5万9,000人の中高生が参加するこのITキャンプは、夏休み期間中にAI・プログラミング・デジタルアートなどを学ぶ短期集中型のカリキュラムが特徴だ。

学習院大学で行われた4日間のプログラムに特別ゲストとして登壇したのは、講談社のマンガ編集者であり、現在はクリエイターズラボ部長を務める鈴木綾一氏。講演では、若手クリエイターと編集者のマッチングプラットフォーム事業に力を注ぐ鈴木氏から、参加者に向けて熱いエールが贈られた。

編集者の役割は?クリエイターズラボの取り組みとは?クリエイターに必要な要素は何なのか?本記事では、 講談社の第一線で活躍する鈴木氏の言葉を紹介する。

登壇者
鈴木 綾一
愛知県出身。マンガとゲームに囲まれて育った家庭で、幼少期から多様な作品に触れる。大学院修士課程終了後、新卒で株式会社講談社に入社。週刊少年マガジン編集部、ヤングマガジン編集部を経て、現在はクリエイターズラボ部長。作品投稿サイト『DAYS NEO』『ILLUST DAYS』『NOVEL DAYS』の運営に携わり、クリエイティブな才能を持つ人々のサポートを行う。

編集者の仕事は、作家の後方支援


鈴木:みなさん、初めまして。鈴木と申します。現在、講談社でマンガ編集者として働いている私が、まずは「編集者って何をしているの?」という疑問にお答えします。ざっくばらんに言ってしまえば、編集者が担うのは「マンガを描くこと以外の、ほとんどすべて」のこと。作家の成長を支え、一緒に歩んでいくためには欠かせない存在です。
 
具体的には、作品のプランニングに始まって、作家が創作に集中できるように「壁打ち」と呼ばれる打ち合わせを行ったり、締め切りを守ってもらえるようサポートしたりします。さらには販売促進として電車の中吊り広告・街頭広告・書店のPOP・サイン会の企画を行ったり、作品をアニメ化・ドラマ化したり世界のマーケットに送り出したりするための展開戦略の立案を行うこともあります。
 
これらの業務を通じて、作家が作品作りに集中できるようにサポートすることが、私たち編集者の使命だと考えています。まるで芸能タレントのマネージャーのように、作家が創作に全力を注げるような環境を提供することが私たちの最大の役割なのです。
 
鈴木:実のところ、いま私が手がけているのはマンガだけに限りません。いくつかの異なるクリエイティブな事業にも関わっていますので、今日はその内容を少しだけご紹介します。
 
まずは『DAYS NEO』というマンガ投稿サイトです。このサイトは、マンガ家が自分の担当編集者を逆指名できるというユニークなコンセプトを持っています。様々な出版社の編集者がこのプラットフォームに集まり、作家とのマッチングを行います。編集者が「担当したい」とDMを送り、作家との意向が一致すれば、そのまま作品作りがスタートする仕組みです。よりクリエイティブで自由なマンガ制作の場を提供したいとの思いから始まったものです。
 
『講談社ゲームクリエイターズラボ』も同様に、半年ごとに500万円を支給し、未来のあるゲーム制作者たちに新たなゲームを作ってもらっています。これまでに累計で3,500件以上の応募があり、その中から多くの優れたゲームが誕生しました。中でも『違う冬のぼくら』という作品はNintendo Switch版もリリースされ、現在では海外向けに20言語に翻訳されるほどの大ヒットを記録しています。
 

ちなみに、『違う冬のぼくら』の作者である「ところにょり」氏は、小説家志望だったのですが、自分が真にやりたいことを実現できるのはゲームだと気がついたことで、Unreal EngineやUnityといったゲームエンジン使って、たった一人でこの作品を作り上げました。また、「市松寿ゞ謡」という別の作者は、もともとVtuberや音楽制作者として活動していた人物です。さまざまなものづくりをするうちにホラーゲームを作りたい!と思い立ち、当社のプロジェクトに参画してくれました。このように、才能と可能性を秘めたゲーム制作者に対して講談社の編集のノウハウを提供することで、彼らの創作活動をサポートしています。
 
さらに『講談社シネマクリエイターズラボ』では、制作費1000万円を提供してショートフィルムを制作するプロジェクトも推進しています。米国アカデミー賞や海外の映画祭で受賞することを目指して、たくさんの作品が生まれています。実は今日も、私のチームのスタッフが台湾に出向いて「サンダンス映画祭アジア」に作品を出展しにいっているのですよ。
 
このように、編集の対象をマンガからゲームや映画といった多様なジャンルに発展させることで、新しいクリエイターとの出会いや次なるビジネスのチャンスを探っています。

創作の民主化がもたらす、新たな可能性


鈴木:昔、創作といえば限られた人々だけの特権でした。例えば、石に刻まれた古代の絵や、貴族だけが楽しんだ和歌。これらは限られた手段と媒体に依存していました。しかし、時代が進むにつれ、紙やインク、楽器、カメラといった新しい道具が普及し、表現の幅が広がってきました。
 
かつてはゲームを作るにも高額な専門機材が必要で、それを扱うためには大きなゲーム会社に入るしかありませんでした。でも今では、誰でもソフトをダウンロードして、家のパソコンでゲーム制作に取り組むことができます。これはまさに“創作の民主化”と言えるでしょう。
 
このような時代の変化は、創作の自由を広げました。昔は貴族や特権階級にしかできなかったことが、今や誰でも可能です。つまり、今日ここにお集まりのみなさんにも平等にチャレンジする権利があるということです。いい時代になりましたね!
 
鈴木:では、そもそも「表現する」とは一体どういうことなのか。創作とは何なのか。私自身が編集者として日々感じていることをお伝えします。
 
まず「表現」という言葉を聞くと、多くの人は絵を描くことや文章を書くことを思い浮かべるでしょう。しかし私が考える「表現」とは、もっと広い意味を含みます。言うなれば、五感すべてを使ってテクスチャーを生み出すこと全般を指しているように思います。
 
古代では「この先に獲物がいる」とか「崖があるから気をつけろ」といった実用的な必要から音楽や表現が生まれたと言われています。時代が進むにつれて、人々は自己表現のために日記や小説を書くようになり、次第にそれがエンタテインメントへと発展していきました。つまり、自分のためだけでなく、他人にも伝えたいという欲求が創作の原動力となったのです。
 
私がいつも大切にしているのは、「人のために作る」という視点を忘れないことです。もちろん、大前提として自分がやりたいことを追求するべきだと思いますが、それに加えて「すごいものを作って、誰かの心を動かしたい」という気持ちが創作の原動力になるだろうと考えています。誰かを救いたいとか助けたいという壮大な目的でなくても構いません。誰かを「びっくりさせたい」「大笑いさせたい」といった小さな目的でも十分です。これこそがエンタテインメントの本質であり、創作の醍醐味だと思ってます。
 
ぜひみなさんが何かを作る際にも「誰をどんな気持ちにさせたいのか?」を意識してみてください。そうすることで、表現がより豊かになるはずです。事実、私は作家との打ち合わせの際に「この作品を例えるならば、ディズニーランドの中の、どのアトラクションに近いですか?」「遊園地の中の、どの乗り物のようなイメージですか?」という質問をよく投げかけることにしています。人は、わざわざお金を払ってお化け屋敷やバンジージャンプのような怖い体験を味わいに行くもの。怖がらせることだって、一つの立派なエンタテインメントなのです。だからこそ、作品の受け取り手にどんな気持ちをさせたいのかを検討して、その気持ちを狙って表現することが成功の鍵だと信じています。

創作の三大要素は「脳」「手」「目」


鈴木:最後に、若きクリエイターの卵であるみなさんに、作品作りにおいて私が大切にしている三つの要素である「脳」と「手」と「目」についてお話ししたいと思います。
 
「脳」とは、ズバリ言うとアイデアを生み出す力、つまり「妄想力」です。例えば『進撃の巨人』の作者である諫山氏は、幼少期に山に囲まれた田舎で過ごし、その退屈さから「誰かがこの山を壊してくれたら」と妄想し続けたことが作品のモチーフに繋がったそうです。こうした子供時代ならではの想像力を大切にすることが、創作の原動力になります。
 
次に「手」とは、技術のことです。どれだけアイデアがあっても技術が伴わなければ形にすることはできませんが、技術は練習次第で誰でも習得できます。だから心配する必要はありません。実際、諫山氏もデビュー前に5年間の下積みを経験しています。
 
最後に「目」。これは自分の作品を客観的に評価するための審美眼のことを指しています。自分のレベルを知り、あとどれだけの努力が必要かを冷静に見極めるために重要な能力です。これらの三つの要素がうまく連携することで、素晴らしい作品が生まれるものだと思っています。みなさんも、ぜひ頑張ってみてくださいね。
 

司会者:有意義な講演を、どうもありがとうございました。参加者のみなさんの中から鈴木さんへ、何か質問はありませんか?
 
質問者:両親から「アニメの見過ぎ」「ゲームのやりすぎ」と、よく叱られています。親が嫌がることでも、好きならばやり続けてもいいのでしょうか?
 
鈴木:私もその昔、母から「こんなものばっかり見て」と叱られたものです(笑)。社会のルールや学校の規則は守らなければなりませんが、親が嫌がるからといって好きなことをすぐにやめてはいけないと思います。大人からは役に立たないと思われるものが、のちに思いがけず役立つということも十分にあり得ますから。
 
逆も然りです。学生時代に苦労した英語の勉強も、昔は「こんなことやって何になるんだ」なんてサボっていると、大人になってから必死になって英会話教室に通う羽目になったりします。運動だって、体育の授業は憂鬱だったけれど、大人は高い費用をかけてジムに通ったりしているのです。なんだか笑ってしまいますよね。つまり、どんなことが未来につながるかなんて、誰にも決められないしわからないということです。
 

質問者:クリエイターになるのに、年齢が若過ぎたり早過ぎたりすることもあるのでしょうか?
 
鈴木:いえ、年齢が若いからダメなどということはありません。私がよく知っているマンガ家なども、13歳で受賞して16歳のときにデビューしたりしています。それに、今60歳くらいのマンガ家などは時代の特性もあり、とくに若くしてデビューしている人が多いように思いますよ。むしろ最近は、選択肢が多いからこそ歩むべき道を迷って、デビューが少し後になるクリエイターが増えている傾向があるかもしれません。
 
私自身も「今日の自分は、これまで生きてきた中でもっとも年寄りで、人生の中でもっとも若い」という言葉を大切にしています。人が何者かになるのに早過ぎるなどということは絶対にありません。思い立ったが吉日!として、エネルギーを爆発させてください。
 
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文:VALUE WORKS 湯澤 菜穂
 
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