コラム

睡眠時無呼吸症候群(SAS)治療に新たな選択肢を。研究開発型スタートアップが挑戦する非接触式プロダクトの開発|株式会社マリ

日本で毎年約10万人(推定)患者が増えている睡眠時無呼吸症候群(SAS)。放置していると心筋梗塞や脳梗塞、高血圧、不整脈などの発症率が上がる危険な症状だ。現在はマスク型の治療機器が主に使われているが、さまざまなデメリットから治療を諦めてしまう人も多い。

その状況を改善すべく、非接触式の睡眠時無呼吸症候群治療機器の開発に取り組んでいるのが株式会社マリである。同社の技術力の高さは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「ディープテック・スタートアップ支援基金/ディープテック・スタートアップ支援事業 PCAフェーズ」への採択や、学会の論文発表などからも証明されている。

その同社で、企業価値向上の要とも言えるポジションで活躍しているのがCFOの山崎氏だ。これまで複数の大手事業会社の上場などの実績を積み重ねてきた山崎氏が、なぜスタートアップ企業への転身を決めたのだろうか。山崎氏が同社に感じた魅力と将来性、研究開発型スタートアップだからこそ実現できる社会貢献などを伺った。

【プロフィール】
山崎武恒(やまさき たけつね)
株式会社マリ 執行役員CFO。大阪大学経済学部卒。公認会計士二次試験合格後、大手監査法人に入所。グローバル企業からIPO準備企業まで種々の法定監査を経験後、事業会社へ転身しCFOを歴任。過去には東京証券取引所JASDAQスタンダードへの上場も達成。

【株式会社マリWebサイト】

離婚の原因にもなるいびきを引き起こす、SASの脅威


ーーはじめに、貴社の事業について聞かせてください。
 
当社は睡眠時無呼吸症候群の方々に対して、非接触式の治療方法を提供することを目的とした研究開発をしています。代表取締役CEOの瀧はスタンフォード大学でバイオデザイン分野を学んでいたのですが、そのときに関わっていたスリープクリニックで、いびきの問題を知ったそうです。いびきはご本人は気づきにくく、家族やパートナーが悩み、関係が悪化してしまう原因にもなります。そこで、いびきの原因の中でも特に多い『睡眠時無呼吸症候群(SAS)』を解決するために当社が立ち上げられました。
 
ーー睡眠時無呼吸症候群とはどのような症状なのでしょうか?
 
睡眠時無呼吸症候群は、寝ている間に喉の奥の筋肉が緩んで気道を塞いでしまう病気です。肥満や顎が小さいこと、加齢による筋力低下などが原因とされています。無呼吸状態が続くと、低酸素状態になり心臓や血管に負担がかかります。その結果、心筋梗塞や脳梗塞、高血圧、不整脈などを発症しやすくなり、さらには糖尿病や透析につながることもある危険な症状です。
 
ーー睡眠時無呼吸症候群に対しては、主にどのような治療法が用いられているのですか?
 
最も多いのがマスク型のCPAP(シーパップ)です。寝ている間にマスクをつけ、呼吸が止まると鼻から強制的に空気を送り込む方法です。また最近注目されている治療方法がインプラント型と呼ばれるものです。簡単に説明すると肺の上にセンサーを埋め込み、呼吸が止まったことを検知すると喉の筋肉に微弱な電気刺激を与えて呼吸を再開させる治療法です。インプラント型はアメリカではすでに用いられていますが、日本ではほとんど普及していません。
 
ーー日本での普及率はCPAPがメインなのですね。どのくらいの人数の方が使用しているのでしょうか?
 
CPAPの利用人数は毎年約4万から5万人ずつ増えています。明確な統計データはありませんが、日本では毎年、3分の1から半数程度の人がCPAPから離脱しているとも言われており、逆算すると約10万人が睡眠時無呼吸症候群と診断されていると推定されます。つまり相当数の患者様が、治療をしていない状況と推定しております。
 
CPAPにはマスク装着が痛かったり、冬は冷たい空気が送り込まれて目が覚めたり、花粉症の時期は鼻が詰まってうまく機能しないなどのデメリットも言われています。また、睡眠時には常に着用しないといけないのでそれを習慣づける難しさもあるでしょう。さらに、睡眠時無呼吸症候群の診断には1泊2日の入院での検査が必要なことも導入ハードルの高さになっていると思います。

日本屈指の高い技術で非接触式機器の開発へ


ーー治療から離脱してしまう人が多いのですね。貴社はその人たちに対するアプローチを目指しているのでしょうか。
 
はい。当社ではその人たちも使えるような、睡眠時の呼吸を非接触で計測・検知し、無呼吸状態になったら覚醒刺激を与えて呼吸を再開させる医療機器を開発しています。これによって入院しなくても「自分は睡眠時無呼吸症候群なのではないか」と自覚を促すこともできますし、CPAPを続けられなかった人も非接触の製品であれば続けられる可能性が高まります。
 
ーー貴社が開発している医療機器の具体的な仕組みを教えてください。
 
当社の医療機器のソリューションは3つで構成されています。1つ目はミリ波レーダーによる睡眠時の呼吸の測定です。2つ目は呼吸計測時に無呼吸状態になった場合の検知。そして3つ目は無呼吸状態の解消。これらのソリューションを、製品を枕元に置くだけで実現できるようにします。

ーー枕元に置くだけで呼吸の測定や検知が行えるのは画期的ですね!現在の開発の進捗度合いはいかがでしょうか?
 
技術的には、1つ目・2つ目はほぼ問題なくクリアできています。現在は、どのように覚醒刺激を与えて無呼吸状態を解消できるか開発している段階です。たとえば音や照射、枕を振動させるなどの方法、スマートウォッチや靴下などを身につけてもらってそこに微弱な刺激を与えるなどの方法など、さまざまな方法を模索しています。
 
医療機器に使用できるレベルでレーダーによる呼吸検知を行える技術を開発しているのは今現在当社のみなので、その強みをもって製品化したいですね。
 
ーー医療機器として製品化できるのはいつ頃の予定でしょうか?
 
最初の製品化は、今から2年〜2年3か月後を予定しています。医療機器として製品化するための一般的な流れは、まずは臨床研究を行い、その結果を踏まえて探索的治験を行います。探索的治験でわかった課題を解決するために次は特定臨床を行います。そして課題が解決できたら、患者さんに対して再度検証的治験を行い問題がないことを確認します。ここまで完了したら、薬事承認の手続き、健康保険の対象の申請に入り、これらの承認が降りると医療機器として販売が可能になります。これらのステップを踏まえると、あと2年〜2年3ヶ月程度の期間がかかると考えています。
 
ーーでは現在は研究開発に専念していらっしゃるのですね。貴社は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「ディープテック・スタートアップ支援基金/ディープテック・スタートアップ支援事業 PCAフェーズ」に採択されるなどしていますが、それらの資金調達によって製品化までの研究開発を進める予定でしょうか。
 
はい。NEDOのPCAフェーズに採択されたことと、今年2月にシリーズBラウンドでの資金調達ができたので、今後2年間の研究開発資金は確保できています。これによって、医療機器としての製品化までのステップを進めていく予定です。

名だたる企業を経てスタートアップに挑戦


ーー山崎さんのこれまでのキャリア変遷について聞かせてください。
 
大学卒業後は一旦普通のサラリーマンをしていたのですが、ある時「もう1回人生に挑戦してみたい」と一念発起し、会計士を目指しました。30歳の時に合格して、そこからが2回目の人生の始まりですね。
 
ーーそこから監査法人に勤めていらしたのでしょうか。
 
はい。約10年間、監査法人でさまざまな経験を積みました。ですが、監査は事業会社のビジネスの取り組みを横から見ていてその履歴をトレースする仕事です。監査の仕事を続けているうちに物足りなさを感じるようになりました。自分も一度、ビジネスのプレイヤーとして会社を自分の手で上場させてみたいと思ったのです。そこから事業会社に転職して、2社目で初めて企業を上場させることができました。それ以来さまざまな企業からお声がけいただくことが増え、多くの企業の上場の現場に立ち会ってきました。
 
ーー関わってきた企業には貴社のようなスタートアップ企業はありましたか?
 
いえ、それまでは社歴の長い企業ばかりでした。そんな中、たまたま転職エージェントから面白い企業がありますよ、と紹介されたのが当社だったのです。
 
ーーそうだったのですね。山崎さまが貴社に入社を決められた決定打は何でしたか?
 
「本気モード」が高かったことです。代表の瀧と話をして、地に足のついた考えを持っている人だと感じました。自分たちの技術を活かして世の中にない製品を開発・リリースするという、ビジネスの本来あるべき点にフォーカスしているところに感銘を受けましたね。
 
社歴が浅いスタートアップなのでいつ倒産してもおかしくないリスクを抱えてはいますが、そういった環境で緊張感を持って働くのも面白いだろうな、と思い入社を決めました。
 
ーー数々の企業に関わってきた山崎さまから見て、貴社のどのようなところに将来性を感じますか?
 
技術の独自性の強さと確固としたビジネスモデルの観点、両方を持っている点です。流行のテックに乗るだけのビジネスでは独自性が弱くなってしまいますし、独自性の高い技術を持った企業でもいつプロダクトが実現するかわからなくてはビジネスとしては難しいです。その点、当社は両面を兼ね備えたバランスのよさがあると思います。

技術とビジネスのバランスを保ち企業価値を高める


ーー現在はどのような業務に携わっているのでしょうか。
 
予算管理や経理、総務などの管理系の業務がメインです。また、最近増えているのは企業さまとの面談ですね。当社の技術に興味を持ってくださった企業さまから、協業などのお話をいただく機会が増えています。当社も協力できることがあれば積極的にお話を伺う姿勢でいます。
 
ーーマリの技術には他社からも注目が集まっているのですね。企業価値をより高めるための取り組みなど、意識していることがあれば教えてください。
 
そういった話は幹部が集まった際には色々としています。主に、技術者サイドにビジネスの視点でアドバイスをすることが多いです。たとえば、技術者からしたらミリ波レーダーによる呼吸測定はすでに完成した技術なので彼らの興味や課題はもう次の段階に移っています。そこで私からは呼吸測技術についての他社からの評価をフィードバックしたり、他社に技術を採用してもらうことでライセンス収益を取るビジネスモデルがあることを話したりしています。
 
ーー山崎さんの視点によって、技術とビジネスのバランスがより強固になっているのですね。マリはどのような社風だと感じますか?
 
自由でフラットな社風だと感じています。現在13名で少人数だからというのもありますが、時間や制度などで極度に縛ることはしていません。新しいことにどんどん挑戦してみよう、その挑戦には何が必要か考えていこう、と自由に意見を出して進めていける環境だと思います。

目指すは2026年までの製品化。アメリカへの進出も視野に


ーー睡眠時無呼吸症候群の治療分野の市場規模はどの程度なのでしょうか?
 
睡眠時無呼吸症候群の世界市場規模は2023年度で58億米ドル、年平均成長率は7%と言われています。CPAPと同程度の価格で製品を販売できるとすると、日本単独でもそれなりに大きな市場が見込まれます。
 
ーーなるほど。既存のCPAP利用者の市場にもアプローチしていく予定はありますか?
 
それは難しいかなと考えています。睡眠時無呼吸症候群には閉塞性でないタイプもあり、その患者さんたちにはCPAPが最も効果的なソリューションであることは学会でも見解が一致しているからです。なので、当社はあくまでCPAPから離脱してしまった方に向けたソリューションの提供を目指しています。
 
先日開催された呼吸器学会では、ミリ派レーダが睡眠呼吸障害を含む睡眠中の呼吸数モニタリングに使用できる、との発表をいただきました。また補助金の採択をいただいた時も、誰も手を付けていない領域なので期待できるマーケットだとコメントをいただいたこともあり、充分にビジネスとしての可能性はあると手応えを感じています。
 
ーー技術の精度やマーケットの期待度の高さが担保されているのは素晴らしいですね!海外への進出も考えていますか?
 
まずは2026年内に何等かの製品をリリースし、日本で展開することを考えています。ですが、市場規模も販売単価も日本より遥かに大きい海外に展開するのも面白いだろうなとは思います。たとえばアメリカへ進出した場合、競合するのはインプラント型の治療法になりますが、手術の必要なインプラント型の代わりに当社の製品を選んでいただけたら、マーケットはさらに広がるでしょうね。
 
ーー事業を進めるにあたって、何かボトルネックや課題などは感じていますか?
 
やはり人材不足が一番です。レーダー技術は一昔前は非常に高価で限られた大学などでしか扱えませんでしたが、今は自動車にも搭載されるなど、広く扱うことができる技術になりました。その結果、レーダーに関する技術者は取り合いになっている状態なんです。だからといって良好な関係の機関や研究所から技術者を引っこ抜くことなどできないですし、よいご縁があればよいなと思いながらあちこちにお声がけをしています。

「アメリカで上場企業を作りたい」飽くなき挑戦の意志


ーー今後、貴社を通してどのような価値を社会に提供していきたいですか?
 
他の会社が製品化に苦しんでいるようなものを当社が先んじて実現していきたいです。それが当社の研究開発型スタートアップとしての一番の価値であり、社会貢献だと思っています。
 
ーー研究開発型スタートアップだからこそ実現できる利点はどのようなものでしょう。
 
高い技術をそのまま製品に落とし込むことができる点です。大企業で研究していると研究開発から製品化への自由度は制限されてしまう部分もあります。大企業ではできない部分を実現できることが、当社の社会的な存在意義だと思っています。
 
ーーありがとうございます。では最後に、山崎さんご自身の今後の抱負をお聞かせください。
 
私個人の抱負としては、アメリカで上場企業を作ってみたいです。日本での上場は成し遂げましたので次はアメリカで上場できたら面白いなと思っています。自分の人生のモットーとして「なんでも挑戦してみる」を掲げているので、もし当社でこの抱負を実現できれば嬉しいですね。

 
取材・文 伊藤鮎