押し売りなんてしなくていい。押すのは、お客さまの背中
そんな私が些細なきっかけから不動産賃貸の営業として働くことになる。当たり前のように思われるかもしれないが、積極的な売り込みができない営業はやはり成績が伸びない。目の前で迷っているお客さまがいても、あとひと押しのセールストークというやつがでてこないのだ。自身の気の弱さのせいなのか「押し売り」感に抵抗を感じていたのだろう。そんななかで気づいたひとつのサインが私の考え方を変えた。
本記事では気の弱い営業だった私が考え方を変えた出来事について語っていきたい。記事を読み進めることで押し売りができない悩みも解消されるだろう。
気の弱い私がなぜか営業に
20代のある日、転職先を探そうと求人誌をながめていた私は「インターネットで間取り図作成」という文字に目が留まった。不動産仲介会社の求人だ。パソコンで図面を作ることに興味があった私にぴったりの仕事のように思えた。すぐに応募し面接にのぞんだ私がつげられたのは予想と違うものだった。「インターネットはまだ整備中で2〜3年はかかる」「それまでは営業をしてほしい」この話を聞いたとき、まだ見ぬプレッシャーに不安を隠せなかった。だが2〜3年なら大丈夫だろう、と転職を決意する。
不動産仲介の営業とは、ひとことでいうと賃貸アパートやマンションに入居希望者を斡旋するのがおもな仕事だ。店頭に来店されたお客さまに物件を紹介し、現地まで案内し物件の説明をする。そしてお客さまが物件が気に入ったら契約書を交わし、入居するまでの手続きを進めていく。賃貸アパートやマンションを借りたことがある人なら仕事のイメージは予想がつくだろう。私も仕事のイメージだけはつかめていたが、やはり営業は怖かった。2〜3年だけ我慢しよう。それだけが心の支えだった。
「押し売り」ができなくて伸びない成績
不動産仲介の営業は想像以上に難しいものだった。新築や駅近などの好条件な物件はすぐに埋まってしまうのだ。そうなると残るのは部屋は広いが築年数が10年以上経ってしまったものや、駅から近いが家賃が高いものなど好条件にいっぽ及ばない物件ばかり。営業の力が試されるのはこのイマイチな物件をいかに契約できるかどうかにかかっている。
相手が望まないものを無理やり売りつける行為を「押し売り」という。私はこのイマイチな物件を勧める行為を押し売りのように感じていた。だから、相手からひとつでも物件に対しての不満がこぼれると何も言えなくなった。そして接客中の沈黙が怖くなってくるのだ。一方、同僚や先輩は強気なセールストークでどんどん契約を取っていった。紹介できる物件が少なくなると、パッとしない物件だけが取り残されていく。結果、契約できずに成績は伸びない。負のスパイラルだ。
あるとき気づいたお客さまのサイン
そんなある日、ひとりのお客さまがある賃貸マンションの空室情報を持って来店した。物件の情報は2LDK、築年数2年、2階、駅まで徒歩30分。この物件はよく知っている。駅までの距離がネックになっているイマイチ物件だ。お客さまの第一声は「この物件が見たい」だった。お客さまは日当たりが良いことや風呂が少し狭いことなど、部屋の中を見ないと知り得ない物件情報まで知っているようだった。
気になった私はお客さまに、なぜ物件について詳しいのか聞いてみた。少しの沈黙のあと返ってきた返事は「少し前にこの物件を見ているんです」だった。お客さまは別の不動産業者ですでにこの物件を紹介されていたのだ。なぜ同じ物件を違う不動産業者でまた見るのだろう?と疑問に思っていると、今度はお客さまから「この物件、立地がちょっと悪いですよね?」と逆質問された。物件への不満に対して何も言い返せずに困っていた私は、お客さまの顔をそっと見た。そして、次の瞬間ハッとさせられたのだ。
お客さまは静かに私の返事を待っていた。その表情からは物件への不満という否定的な印象を感じることはできなかった。私は言葉を選びながら「国道に面しているので車通勤なら通いやすいですよ」と答えた。すると「私もそう思います」とお客さまが安堵の表情を浮かべたのだ。前の不動産業者では不満に対して「そうですね」と同調され不信感を覚えたという。お客さまが否定的なことをいったワケは、それをまた否定してほしかったんだと気づかされる出来事だった。
押したのは「お客さまの背中」だった
私は成績やノルマに心が囚われてしまい、結果が残せない恐怖に怯えていたんだと思う。条件の良い物件を他の営業と取り合い、イマイチな物件をなんとか売らなければいけない、と物件ありきの営業スタイルに陥っていた。賃貸アパートやマンションの契約はけっして安い買い物ではない。毎月の家賃はもちろん入居時には敷金や礼金、保険、引越代などのまとまったお金が必要だ。そして入居してからはその物件が心休まる居住スペースになる。だからこそ、お客さまのそばに立ち同じ目線でニーズを真剣に考えることが大事だったのだ。
お客さまが物件を決めるとき、求めているのは強引な押し売りではなく、背中をそっと押してくれる人。それが私の営業スタイルとして自然に溶け込み、私を変えていった。もし私のように気が弱くて強気なセールストークが苦手と感じる方がいれば、お客さまの目線に立つことを意識してほしい。押すべきものは「お客さまの背中」。押し売りなんてしなくていいのだ。
※参考:PR TIMES「24年卒・就活生の営業職に対するイメージ調査」
【筆者プロフィール】
庭野ほたる
ライターチーム「AlphaBloom」所属。1995年に高校卒業。製造業、不動産営業を経て、技術畑の機械設計を15年間務める。設計では、おもに車や航空機の部品を担当。2022年1月、ライターとして活動開始。生活系や金融系などさまざまなジャンルで、SEO記事やコラムの執筆を行う。2023年5月、フリーランスのライターとして独立。現在は、SEO記事やコラム、取材記事の作成に携わっている。