ブライダル業界はきつい?華やかさの裏にある厳しさとやりがいを経験者が解説
生半可な気持ちでは務まらない
知っている人も多いかもしれないが、ブライダル業界での仕事はきつい。私自身は入社するまで、ブライダル業界が過酷であることをまったく知らなかった。どちらかというと「一生に一度の最高な日を作るお手伝いができる」「華やかな世界で、お客様第一で頑張る」といった、キラキラしたイメージだけを胸に抱えて飛び込んだのである。しかし、そんな甘い考えなど入社してすぐに消し飛んでしまった。
たしかに新郎新婦さまと列席者にとって結婚式はずっと心待ちにしたキラキラした空間であることは間違いない。ただサービスを提供するスタッフたちにとって結婚式当日はさながら「戦場」だ。ふさわしくないかもしれないが、あえて「結婚式」と「戦場」という真逆の言葉を使わせてもらう。新郎新婦様と列席者にとって最高な空間と時間を提供する仕事は、生半可な気持ちでは務まらないということだ。ウェディングプランナー、サービススタッフ、キッチンスタッフ、お花屋さん、音響係、司会者さん、それぞれの役割は違えど、考えていることはみな同じなのだ。
結婚式作りの現場は、みんな必死でそれぞれ誇りを持って働いている。目の前のお客さまのために。裏では戦場さながら皆必死に動くが、一歩披露宴会場に入りお客様の前に出ると、今までの必死さが嘘のように、大切な空間を壊さないように振る舞うのだ。結婚式を作る側の人間として、プロのサービスマンとして、私はすぐに考えを改めることになったのである。裏方として「お客さまを幸せにしたい」と、必死に奮闘する者たちがいる場所なのだ。
ブライダル業界がきつい理由
私はブライダル業界に入社して1年目がすぎる前に「キャプテン」といわれる会場の進行やサービスを統括する責任者に任命してもらえた。新郎新婦様に挨拶をして、披露宴中はお二人のサポートをさせてもらいつつ、進行やサービスを進めていく。
そんなキャプテンにも慣れてきたころに、問題を起こしてしまった。新郎新婦さまから急遽リクエストされて、了承した進行を飛ばしてしまったのである。飛ばした後に新婦様からの目線によって、追加の進行を思い出したのだ。当然、時間は巻き戻せない。新婦様が心待ちにしていたシーンを、自分のミスで叶えることができなくなったのである。
その後、司会者とウェディングプランナーと相談し、別の提案をお二人にさせていただき了承を得た。お二人は「突然お願いしたことだし、全然大丈夫ですよ」とおっしゃられたが、お二人に気を遣わせてしまったことと、想いを叶えられなかったことに対して、精神的にきついと感じたのを今でも覚えている。
ブライダル業界がきついもう1つの理由は、求められるサービスレベルが高いことだ。例えば、お客さまに道をお譲りすることやお料理の置き方、お客様へのお声がけなどに気を配ることは当然として、ブライダルならではの注意点もあった。それが忌言葉(いみことば)と、アピアランス(見た目)である。
忌言葉とは、「切る」や「終わる」「落ちる」「再び」など、お祝いの場にふさわしくない言葉のことである。これらの言葉は縁起が悪く、当然サービススタッフは使わないように徹底的に指導される。アピアランスでは、髪型・髪色・化粧・装飾品・制服の着方・持ち物・手入れされた靴など、仕事をするうえでの見た目に関して、細かく決められていた。
こうしたマナーを徹底できず、サービスレベルが低いスタッフが会場内で接客させてもらえないことは珍しくない。体力的なきつさはもちろんだが、精神的にもきついのである。実際に、一生に一度の晴れ舞台を演出する、そんなミスの許されないプレッシャーに負けて、1ヶ月経たずに辞めていくスタッフをこれまで数多く目の当たりにしてきた。
さらにブライダル業界は給料も低い。転職サイト大手のdodaによると、ブライダルコーディネーター/ウェディングプランナーの平均年収は310万円で、ホール/サービススタッフの平均年収は292万円だ。会社によってはサービス残業も当たり前なので、給与を時給換算するとアルバイトの方が割がいいことも珍しくない。損得勘定だけではやっていけないのが、ブライダル業界の実情なのだ。
辛さを吹き飛ばす、ブライダル業界の魅力
それでも私が7年間にわたりブライダル業界で頑張ることができたのは、やはり辛さを吹き飛ばすやりがいがあったからだ。結婚式には新郎新婦さまのさまざまな想いが込められている。当然まったく同じ結婚式はひとつとして存在しない。お客さまが喜ぶ顔を想像しながらみんなで結婚式を作り上げるワクワク感は格別である。
そして、結婚式のお開き後にお客さまが笑顔で帰られて、新郎新婦様がホッとした顔で控え室に戻る姿を見たときの達成感は何者にも変え難い。一生に一度の思い出をつくるために全力を出した結果、「ありがとう」「楽しかった」「最高の結婚式になった」などの言葉をいただくと、疲れなんて吹き飛んでしまう。幸せを作る仕事のなかで、スタッフ自身も幸せになることができるのが、ブライダル業界で働く魅力だと思う。
もちろん「ありがとう」と言葉をかけてくれるのは、お客さまだけではない。無事に式を成功させたあとはスタッフ同士の間でも「ありがとう」という言葉が飛び交う。
ブライダルの現場は、さまざまな人が力を合わせることで完成する。ウェディングプランナー・サービススタッフ・司会者・音響・フローリスト(花屋さん)・ヘアメイク・シェフなど。部署や会社が異なる大勢のスタッフが集まり、ひとつのパーティーを作り上げるために全力を注ぐのだ。
そのなかで、スタッフ同士で助け合う瞬間ももちろんある。「お客さまのために」と頑張っている人たちばかりなので、スタッフ同士の助け合いも自然と起こるのだ。お互いを助け合う思いやりとチームワークがあるからこそ、ブライダルが「きつい」仕事から「楽しい」仕事に変わるのだろう。
ブライダル業界で養われた顧客視点が、今の私をつくっている
ブライダル業界での7年間は、私のキャリアに大きな影響を与えた。厳しいこともたくさんあったが、学んだことも多い。特に今も仕事に活きていると感じるのは、「自分がお客さまなら、どうして欲しい?」という顧客視点を養えたことである。
たとえば、以下のようなシーンを想定してみよう。
・お客様のグラスが空になっていたら
・ずっとお子様を抱っこされていたら
・お料理に手をつけられていなかったら
・お洋服が汚れてがっかりされていたら
グラスが空になっているお客様であれば、以下のようなことが想定できる。
・もうお腹いっぱいで飲みたくない
・注文したドリンクを待っている
・忙しそうでスタッフに注文できない
・お酒に酔った など
でもお客様の表情や状態を読み取っても、お気持ちを読むことはできない。だから、こちらからお声がけをして、ヒアリングをする。注文したのにまだ来ていないといわれたら、最優先でお持ちする。お酒に酔ったということであれば、お水だけお持ちしておく。とにかく、自分であれば今どうして欲しいのかを考えながら行動し、お客様とスタッフを見ていくのである。
心配りや気配りとも呼ぶが、ブライダル業界を離れた今でも、仕事やプライベートでの軸になっている考え方だ。決して楽ではなかったブライダルの仕事をとおして、生きるうえでとても大切なことを学ばせてもらった。その考え方が今の自分をつくっていると思う。
【著者プロフィール】
平田翔
ライターチーム「AlphaBloom」所属。アパレル・ブライダル・不動産売買の営業を経て、現在はフリーランスのライターとして活動中。不動産関係・マーケティング関係のSEO記事を中心に、経営者へのインタビュー記事制作なども行う。ドローン操縦士としての一面もある。愛読書は「キングダム」。