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  • 2024.08.28

循環型の食料生産を実現する「アクアポニックス」。未知の市場を人と地球への優しさで切り開く| 株式会社アクポニ

気候変動などの影響で食料危機への不安が世界的に高まっている。しかし、より多くの食料を生産すればいいという考え方は必ずしも正解ではない。なぜなら、世界の農林業で排出される温室効果ガスが全体の20%以上※を占めており、食料生産そのものが気候変動の原因にもなっているからだ。

そんな中、持続可能な食料生産を実現する有効な手段として注目されているのが「アクアポニックス」だ。アクアポニックスとは、水耕栽培と養殖を掛け合わせた、次世代の持続可能な循環型農業。魚の排泄物を微生物に分解させ、植物がそれを栄養として吸収し、浄化された水が再び魚の水槽へと戻る、生産性向上と環境配慮の両立ができる生産システムだ。

アクアポニックスにより、これまで無駄になっていた資源を有効活用することが可能になる。例えば、陸上で行っている養殖において、飼育水の入れ替えで廃棄される窒素を野菜の肥料として活用することも。また、土壌で作物を育てる場合と比較したときに、同面積で約7倍の生産量と80%以上の節水を実現できる。

株式会社アクポニは、そんな循環型農業のパイオニアとして全国47ヵ所(2024年9月現在)でアクアポニックス農園の設置を進めてきた。リアルタイムに農園を管理できる栽培アプリの提供や、きめ細やかなビジネス構築サポートで、食の生産にイノベーションをもたらしている。

アクポニは、2014年の創業当時に国内での認知度が全くなかったアクアポニックスをどのように広めていったのか。代表を務める濱田 健吾氏に、未知の市場を切り開く試行錯誤の歩みと、アクアポニックスが秘めている無限の可能性について伺った。
※IPCC「Climate Change 2022 Mitigation of Climate Change」

【プロフィール】
濱田 健吾
株式会社アクポニ 代表取締役 
宮崎県生まれ。大学卒業後、専門商社を経て外資系ITサービスの会社に入社し、在職中に農業を学ぶ。2014年「アクアポニックスで地球と人をHAPPYに」のビジョンを実現するため、株式会社おうち菜園(現アクポニ)を創業。
創業後は日本と行き来しながらアメリカの農場で経験を積み、現在日本全国にアクアポニックスの魅力を伝えている。趣味は釣り。

創業のきっかけはライフワークの「魚釣り」

アクアポニックス事業を起ち上げた濱田氏のルーツは、生まれ育った宮崎県の豊かな自然にある。子どもの頃から山間部で暮らしていた彼は、自然の中で毎日遊び、週末になると近くの川や湖で魚つりに熱中していた。
 
「高校生の頃まで、魚釣りのプロになることを真剣に目指していました。アメリカでは、ブラックバスを対象にしたプロの釣り師が活躍しているので、渡米するために英語を一生懸命勉強することも。留学費用が高額だったので泣く泣くプロの道を断念しましたが、釣りをきっかけに海外への興味がどんどん高まっていきましたね」

大学卒業後は専門商社に就職し、海外でいくつかの新規事業をゼロから起ち上げている。ロシアに駐在していたとき主に扱っていた化粧品のブランドは、ロシア中に広がり日本コスメブランドの売上ランキングで上位に入ったこともあったという。
 
「ロシアの他にも、シンガポールで事業を起ち上げています。現地のニーズを徹底的にリサーチして商材を決めていたので、シンガポールでは中古車を扱っていました。未知の市場で試行錯誤しながらも、スピーディーに事業をカタチにするプロセスはとても刺激的でしたね。未熟な自分にもチャンスを与えてくれたので、大きく成長するきっかけになったと思います」
 
仕事にやりがいを感じながらも、35歳を目安に起業することを目指していた濱田氏は、より深く経営や事業について学ぶため急成長中の外資系ITサービス会社へ。主に化粧品の流通を促進させる業務を担当し、忙しい日々を過ごしていたという。
 
「厳しい環境の中で成果に全力でコミットしていくことを学びました。日本と外資系の会社の両方を経験できたのは、非常に良かったと思います。外資系企業の中でもやれることはいろいろあったと思いますが、起業への思いがどんどん強くなっていき、36歳のときに独立しています」
 
創業後のメイン事業であるアクアポニックスとの出会いも、ライフワークとして続けていた魚釣りがきっかけになっている。
 
「アマゾンには世界最大の淡水魚『ピラルク』が生息しているのですが、その魚を釣ることを夢見て調べていると、ブラジルでピラルクを養殖している日本人がいることを知りました。そこで電話をかけて話を聞くと『ピラルクを養殖している池の水を畑にまくとおいしい野菜ができる』ということを教えてもらえたんです。魚と野菜を一緒に育てられることを知り、興味を持ったことが今の事業を始めたきっかけです」
 
2010年代当時、アメリカでは既に農法として確立されていたアクアポニックス。いろいろと調べる中で、家でも簡単にできることを知った濱田氏は、必要な資材をホームセンターで早速購入。幅100cm、奥行き60cmほどの小さなアクアポニックスを庭のプランター菜園のとなりに完成させる。

「現在提供しているのと同じ2段式にしていて、下段の水槽では鯉を飼育していました。魚から出たアンモニアを含む水を微生物が分解し、ポンプで吸い上げて上段にある植物へ。すると、栄養満点の水を吸収した植物が生き生きと元気に育ち、キレイになった水がまた魚の水槽に戻るんです。小さな生態系を生み出せることに感動しましたね。今まで大変だった土づくりや水やり、肥料、草取り、さらには水交換の手間がないのも素晴らしいと思いました」
 
アクアポニックスの魅力を多くの人に伝えるため、2014年に日本初のアクアポニックス専門企業「おうち菜園」を創業(2020年に「アクポニ」へ社名変更)。起業当時は、まだ日本でのアクアポニックスの認知度はゼロに近く前途多難ではあったが、濱田氏はアクアポニックスの可能性を信じて疑わなかった。未知の市場を開拓していく彼の挑戦がここから始まる。

最適な方法を一から実証して生産者に還元

アクアポニックスを広めるために濱田氏がまず取り組んだのは、アクアポニックスについて学べる学校「アクアポニックス・アカデミー」の開講である。当時はインターネットに日本語で書かれたアクアポニックスの情報がほとんどなかったため、その知識を講義の中で詳しく紹介。商材も当初は法人向けではなく、家庭用のアクアポニックスシステムだった。

現在も実施している「アクアポニックス・アカデミー」の講義風景

「初期段階ではアクアポニックスの知名度を高めるために、企業よりも個人にフォーカスして事業を展開しています。講義の他にもブログでどんどん記事を書いて情報を拡散することに注力し、そのうちに少しずつ興味を持っていただく方が増えていきました。そこで得られたユーザーの声をもとに、商品やサービスをブラッシュアップ。当然ながら最初は顧客がいなかったので、家庭菜園のビジネスをEC展開することで事業資金を得ていました」
 
変化があらわれ始めたのは起業から2〜3年経過したタイミングだった。次第にアクアポニックスがメディアに取り上げられるようになり、法人からの問合せが入ってくる。その中で、事業をさらに成長させるために必要なスキルや人脈を紹介してもらうこともあったという。
 
「今の自分があるのは、たくさんの人と出会い、ピンチに陥る度に助けてもらったからだと強く実感しています。本当にありがたいと感じる反面、企業さまから寄せられる期待やニーズに応えられる技術が不足していることもあったのです。そのため、2017年からの2年間、アクアポニックス先進国のアメリカに渡って本格的な技術習得に取り組んでいます」
 
アメリカには約190もの商業アクアポニックス農園があり、最大規模の農園では年間売上高が13億円を超えることも。個人の消費欲の多様化に合わせて、商業レベルでアクアポニックスが広がっている。

Hatponics社(テネシー州)のアクアポニックス農園

「アメリカの農場はしっかりと収益化できていたので、それを間近で見れたのは本当に良かったと思います。また、潤沢な水資源がある日本での需要とは全く違い、乾燥地帯など自国の食料難を解決しようと学ぶ研修生たちとの交流も刺激になりました。日本のためにアクアポニックスを通じて何ができるのか、食料問題を解決するためにはどうすればいいのか、その具体的な方法を今まで以上に考えるようになりましたね」
 
アクアポニックス農場を運営するために必要な知識を学び手応えを感じていた濱田氏だったが、2020年に帰国してからの事業運営は苦難の連続だったという。
 
「まずアメリカで使っていたアクアポニックスの資機材というのは日本に全くないんですよ。国内で先行している企業もいなかったので、どの資機材が適しているのか分からない。つまり、私たちが一から探していかないといけないんです。しかも、工業製品であれば適しているかどうかをすぐに評価できますが、農業は最低でも1クール・30日ほど育てないと良し悪しを判断できない。一つの肥料を選ぶだけでも2〜3クール必要になるので、いくら時間があっても足りませんでした」
 
市場を切り開いてきたアクポニならではの苦労だが、それは強みにもつながっている。幅広い資機材の検証はもちろん、アクアポニックスに適した野菜や魚も一から実証。野菜については67品種が栽培試験済み、魚については5種が生産試験済みで、社内に豊富な知見が蓄積している。
 
「私たちは、自分たちで実証して技術を確立し、それを生産者に還元するというカルチャーを大切にしています。そのため、お客さまに対しても自信を持ってアクアポニックスの技術を伝えることができます。見聞きした知識ではなく、試行錯誤の末に培ってきた自社独自のノウハウなので、市場的にも価値が高いと思います」

SDGsの意識向上がアクアポニックスを後押し

資機材や魚・植物の検証をある程度終えたアクポニは、それらの豊富な知見をもとに、アクアポニックスの自社農場を神奈川県藤沢市に設立。研究開発を行うほか、有料の農場見学を実施しており、興味を持った方向けにアクアポニックス農園の設置をサポートしている。

「実際に農園を作りたいと希望される方も増えてきているので、当社で農園のデザインから施工まで一貫して行っています。導入システムはパッケージ化しており、目的や予算に合わせて小規模なガーデン型から大規模なプラント型まで13タイプの中から最適なプランを選ぶことが可能に。また、少子化の影響で日本各地に500もの廃校が発生しているのでそれらの場所を農場として利用するのも有効な事業形態の一つです」
 
アクポニが実際に手がけた農園は、2021年からの3年間で40以上にも及ぶという。各社の導入を後押ししているのは、SDGsに対する意識の高まりである。
 
「SDGsという言葉が広がったことにより、アクアポニックスに興味を持つ層が一気に増えたと感じています。食料生産を持続可能なものにするため、より良い方法を模索する方が増えてきたのではないでしょうか。メディアからの取材依頼も急増し、さまざまなメディアでアクアポニックスが注目されていると感じます」
 
持続可能な食料生産を実現するため、興味関心が高まっているアクアポニックスだが、特に引き合いが多いのはどのような業界なのだろうか。
 
「最も多いのは自社工場を持っている企業さまです。アクアポニックスで資源を循環させられるのはもちろん、そこから第2・第3の新たなループをつなげることも。例えば、野菜の収穫後には茎、葉、つる、根などの残渣(ざんさ)が出ますが、それらを昆虫のエサにすれば、理想的な第2のループを生み出せます。他にも、工場からの排ガスはCO2で植物の光合成にとても有効に働くので、そのエネルギーをアクアポニックスに利用することも可能です。循環の輪が多くなればなるほど、社会的なインパクトも大きくなっていきます」

アクポニが提供しているサービスは、農園の設置にとどまらない。誰でも簡単に生産管理できるように、「アクポニ栽培アプリ」を開発・提供。人が行う作業と環境情報、生体情報を紐付けることで、生産管理に必要なデータを簡単に一元管理できるようになる。
 
「アプリでは、日々の作業内容や生育の状況を手間なく記録できるようにしています。気温や水温、pHなどの環境データと、実際に行った作業をセットで紐付けることにより、生育結果を見ながらリアルタイムに分析できるのです。農業の再現性が高まるのはもちろん、生産管理のサポートをする私たちが遠方ともリモートでつながることができます。海外のお客さまもしっかり支援できるので、グローバルな展開も視野に入れて導入・活用を進めています」

生態系を感じられる「楽しさ」で地方創生にも貢献

アクアポニックスの新たな活用シーンとして期待されているのが「地方創生」だ。地域の特産品を栽培する観光農園として運営したり、障がい者の就労場所を創出したりすることで、地域のコミュニティ活性化につながるという。
 
「魚と植物が一体になった生態系を間近で体験できることが、今までの農園にはない大きな魅力だと感じています。今まで国内外のさまざまなアクアポニックス農場を訪れましたが、子どもたちが楽しく魚にエサをあげている姿や、障がい者の方たちが野菜を育てることに喜びを感じる姿を数多く見てきました。私たちは、アクアポニックスを単なる生産システムとして捉えているわけではありません。野菜や魚を育てる喜びや、生態系の仕組みや面白さ、それらを感じてもらえる無限の可能性を持ったツールだと考えています」

今後さらに導入が加速し、社会全体への認知度が高まっていくと考えられるアクアポニックスだが、直近の課題としてどんなことがあるのだろうか。
 
「これから私たちはアクアポニックス生産品の流通にも関わっていきますが、その際に問題になるのは海外と比べて採算性が低いということです。その背景としてあるのは、『大規模化』と『ブランド化』が十分に進んでいないこと。大規模化については、技術力を高めることで改善できますが、ブランド化は一朝一夕にはいきません。例えば、アメリカではアクアポニックスの生産物に対して、『オーガニック』『環境に良い』『地元産』という付加価値があるので販売価格も自然と高まりますが、日本ではまだその段階に至っていません。今後はアクアポニックスの認知度をさらに高めながら、ブランディングも強化していく必要があると感じています」
 
業界のパイオニアとして、さらなる高みを目指して挑戦を続けていくアクポニだが、現在求めているのはどんな人材なのだろうか。最後に濱田氏に聞いてみた。
 
「新しいこと、今までなかったものを世に広めていく仕事なので、やはり挑戦心を持っている方やポジティブに仕事へ取り組める方がフィットするのではないでしょうか。あとは農業を前のめりになって楽しめる方ですね。施設の大小に関わらず、アクアポニックスは見ているだけで『地球』を感じられて思わずワクワクするので、その魅力を一緒に感じていただきたいと思います」

取材・文:VALUE WORKS編集部
 

会社名 株式会社アクポニ
本社所在地 神奈川県横浜市中区相生町3-61 泰生ビル2F
役員 代表取締役 :濱田健吾
事業内容 教育事業(アクアポニックスの学校を運営)
農園事業 (農園の開発)
生産事業 (農園の運営、生産管理システムの開発)
流通事業 (生産物、資機材の販売)
資本金 3,000,000円(資本準備金含む)
設立年月 2014年4月
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