コラム

企業の価値を浸透させる「インナー採用ブランディング」実践のポイント

人材業界に15年ほど身を置いてきた筆者の実感値では、「採用ブランディング」という言葉が世の中に定着しはじめたのは、おそらく2010年ごろ。現在では多くの企業が採用市場での競争力を高めるために、またマーケティング活動の一環として、自社のブランド戦略を検討していますが、その実践領域は求職者に向けた“アウターブランディング”の範囲内にとどまっているケースが多々見受けられます。そこで今回のコラムでは、大手人材会社で企業向け教育研修事業部門の責任者を勤めていた筆者が、“インナー採用ブランディング”をテーマとし、より実践的な採用ブランド構築のあり方についてご紹介します。

「採用ブランディング」とは一体なにか?


採用ブランディングの定義には種々ありますが、大まかに述べると「ターゲット人材に対して自社の魅力や特徴を訴求し、興味関心を醸成したり、入社に向けての意思決定を促したりするための活動」とまとめることができるでしょう。その効果としては、母集団の質や量の向上のみならず、自社の価値観にマッチした人材の獲得に繋がりやすかったり、採用活動の効率化やコスト削減に結びついたりと、さまざまなメリットが挙げられます。
 

それでは、採用ブランディングと聞いてみなさんが思いつく「手段・方法」にはどのようなものがあるでしょうか。ターゲットに響くキャッチコピーやメッセージを考えることでしょうか。もしくは、Web上で求職者の目を引くデザインの広告を打ち出すことでしょうか。組織として採用ブランディングを行ううえでは、そのいずれもが正しく、同時にそれらだけでは不十分であると考えられます。
 

採用シーンに限らず、そもそもブランディング活動は「ブランド戦略の立案」と「ブランドコミュニケーション」の二つの活動に分けられます。採用における「ブランド戦略の立案」とは、STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)の検討や差別化要素の洗い出し、採用コンセプトの策定(キーメッセージの設定や広報手段の選定)のプロセスを指します。
 

そして「ブランドコミュニケーション」については、媒体(ナビ、制作物、SNS、その他企業広告など)を使った広報活動や、対面(イベント&セミナー、インターンシップ、説明会、リクルーター、リファラル採用など)での広報活動が挙げられるでしょう。これらのどの要素が欠けても、効果的な採用ブランディングの実現は難しいと言っても過言ではありません。
 

ブランド戦略の立案に、社内の「知恵」を活用する


実際に筆者が関わった多くの採用担当者の方々が口にしていたのが、「ターゲット人材が集まらない」「他社と差別化したいが、“ここが違う”というアピールポイントを見つけるのが難しい」といった悩みでした。これらの悩みは、まずブランド戦略をどう構築するかという課題と直結します。当時教育研修企画部門に在籍していた筆者が、こうした課題をどうにか研修的なアプローチで解決できないかと頭をひねった末、思いついた企画が「採用ブランディングワークショップ」でした。
 

採用ブランディングワークショップのゴールは、“自社の魅力を自分たちの言葉で語れるようになること”。採用部門のメンバーだけでなく、面接官・リクルーターを務める現場社員の方々、場合によっては役員の方々にも参加していただき、次のようなプロセスで検討を進めていただきます。
 

①自社に対する顧客からの期待を検討する:世の中や社会を含むさまざまなステークホルダーから、自社はどのような期待をされているのか。
 

②自社の顧客提供価値を明らかにする:お客様に選び続けてもらうために、自社はどのような価値を提供しているのか。
 

③価値を生み出す組織能力は何かを考える:顧客価値は、どのような組織能力によって生み出されているのか。
 

④組織能力を具体的な言葉に落とし込み、応募者に伝えたいメッセージやストーリーを作成する:差別化できる自社の強みにはどのようなものがあり、どう伝えれば応募者に響くのか。
 

もちろんこれらのプロセスを、採用に関わる部門のコアメンバーだけで検討することも可能ですが、数十社で本ワークショップを実施した筆者の個人的な印象では、現場社員の方々の知恵や知見にはとても大きなインパクトがあると感じています。
 

例えば、ある大手コンサルティングファームでは、現場の方の意見として、「会議の場で、若手・ベテランを問わずどんどんアイデアが出てくる」といった組織能力の要素が挙げられました。その方の話を深掘りすると、“企業規模に反して経営者との距離が近いため、意思決定のスピードが速いこと”や“人事評価制度における能力評価や情意評価の基準が明確であり、若手メンバーもコミットしやすいこと”といった、現場ならではのエピソードが出てきました。
 

実はこれらのエピソードを一番興味深く聞いていたのが、役員の方々と採用部門の担当者でした。自社で働く社員にとっては日常的で当たり前に感じられる文化や社風も、改めて言語化してみると他社と差別化できるポイントになることが分かり、早速採用コンセプトのなかに取り入れていこうという話になりました。そしてそのコンセプトを基に、採用サイトやパンフレットなどの広報ツールを一新する運びになったのです。
 

またこの企業では、上記④の次のステップとして、採用コアメンバーの方々で「今後どのような組織能力を磨いていきたいか」といったディスカッションを行っていただきました。その結果、現在の組織に足りていない人物像(ペルソナ)が明確になり、次年度の採用活動ではそうしたターゲットに向けた広告の検討と、そもそもの採用プロセスの見直しを行うことになりました。
 

ブランド戦略とブランドコミュニケーションを「線」で考える


もう一つ事例をご紹介します。ある中小の部品メーカーでは、次年度新入社員を受け入れる部署の若手社員の方々に本ワークショップを実施しました。ワークショップのゴールである“自分たちの仕事や自社の魅力を、学生との座談会で語るためのストーリーに仕立てあげる”というミッションを達成したのはもちろんのこと、「改めて自分の仕事のやりがいを考えることで、少しマンネリ化していた仕事へのモチベーションが高まった」「自社製品がどのような組織の力で生み出されているかが分かり、製品に対して誇りを持つことができた」との感想をいただくこともできました。
 

このように、単にコンセプトを検討するだけでなく、誰がどのように伝えていくか、またその伝え方をどう工夫するかという視点で採用ブランディングを進めることで、一貫したメッセージを作りあげることが可能となります。ひいては、現場社員のエンゲージメント向上にも繋がり、社内のインナーブランディングにも寄与する効果が期待できるでしょう。
 

尚、こうしたワークショップを行う際、可能であれば外部のファシリテーターに介入してもらうことをお勧めします。自社内で完結しようとすると、どうしてもなれ合いになってしまったり、深い部分をあぶり出すまでには至らなかったりするためです。また新たな角度からの質問や、客観的な視点でのフィードバックを受けることで、自社独自の強みを明確にできる可能性が高いと言えます。
 

採用ブランディングはもはやただの手法ではありません。ブランディング活動を通じて、会社や事業のあり方を見つめなおし、自分たちの仕事の価値を再認識することの意義がそこには隠れています。ぜひ企業価値を社内に浸透させるという観点で、採用ブランディングに取り組んでいただければ幸いです。
 

<筆者プロフィール>
山中 茉由(やまなか まゆ)
早稲田大学在学中から、大学スポーツ新聞の編集・記者および学生WEBライターとして活動。卒業後は大手人材会社に入社し、企業向け教育研修事業部門の立ち上げに携わる。同事業では企画営業部署の責任者を務めながら、全国の大手~中小企業約300社に教育研修コンテンツを提供。自身も講師として、学生のキャリア支援や就職活動支援を行う。現在はフリーランスライター兼採用/教育コンテンツプランナー。趣味は4歳の息子と、愛する横浜DeNAベイスターズの試合を観戦すること。