コラム

「10年後、会社をたたむ日を夢見て」ある女性経営者が目指す、障がい者が当たり前に活躍する社会

43.5人に1人――人事業務に携わる方々であれば、この数字にピンとくる方も多いのではないだろうか。2021年に「障害者雇用促進法」が改正され、障がい者を雇用しなければならない事業主の従業員数が、45.5人以上から43.5人以上に変更された。また、法定雇用率(常用労働者に占める障がい者の割合)についても、2.2%から2.3%に引き上げられた。そしてこの法定雇用率を達成できなかった場合、(43.5名以上の従業員を抱える)企業には行政指導と障害者雇用納付金のペナルティが課されるとされる。

しかし、2020年度の厚生労働省の調査によると、実質的に法定雇用率を達成できている企業は48.6%に過ぎないという。その理由は何なのだろうか。今回は「障がい×美容が当たり前の社会をつくる。」を理念に、障がい者の自立および就労支援や、障がい者に向けた美容スクール事業・イベント事業などを手掛ける株式会社アクセシビューティーの代表取締役 臼井 理絵氏に、障がい者雇用に関する問題点やその解消方法についてお話を伺った。
【プロフィール】
臼井 理絵
株式会社アクセシビューティー 代表取締役。ネイリスト歴12年・サロン歴10年。2011年にプライベートトータルビューティーサロンriche(リッシュ)を立ち上げ。2018年5月、障がい者ネイリスト養成スクール設立。2020年8月、「障がい×美容が当たり前の社会をつくる。」を掲げに、株式会社アクセシビューティーを設立。障がい者芸能マネジメントや障がい者専門カルチャー&エンタメスクール、Webマガジン『prote』制作、バリアフリーコンサルティング事業などを中心に、障がい者雇用支援の普及に努めている。

株式会社アクセシビューティー
障がい者モデル媒体『アクセシブルライフマガジンporte
障がい者専門芸能事務所アクセシビューティーマネジメント
障がい者専門カルチャー&エンタメスクール

美容には人をポジティブにする力がある


臼井氏が美容の世界に飛び込んだのは、とある体験がきっかけだった。高校時代にうつ病を発症したことにより進学が決まっていた短期大学への入学が適わず、4年間ほど引きこもりがちな日々を過ごすことを余儀なくされた。将来の夢もなく「自分の人生、こんなはずではなかった」と悶々とした毎日を送っていたそうだ。
 

転機が訪れたのは22歳のとき。たまたま将来をプラスにイメージした際、「ホームサロンを開いてみたい」と思い、ネイルスクールの見学に行くことに。見学会では、ネイル体験として自身の爪に一本ジェルネイルを施してもらった。そこで臼井氏は衝撃を受ける。これまで見たことのない、キラキラと光り輝く美しい爪を見て、「誰かに見せたい!出かけたい!」と外向きのエネルギーに満ちあふれた自分に気づいたそうだ。
 

その体験を機に彼女はネイリストの道に進み、「美・健・心」をモットーに自らトータルビューティーサロンを経営するまでに至った。多くのお客様との出会いを経験するなかで、ある日一人の“車椅子に乗る女性”を紹介された。その女性との出会いをきっかけに、障がいがある方たちにとって、美容を楽しむことや学ぶことが制限された実情を知る。
 

「自分の知識や経験を誰かのために役立てたい」そんな思いから、臼井氏は障がい者を対象にしたネイルスクールを作り、ネイル技術をボランティアでレクチャーした。ただ、その過程で大きな現実を知ることになる。
 

「彼女たちがいくら頑張って技術を習得しても、働く場がないんです。就職先というゴールがないから、障がい者自身も自分の学びにお金を払うという意識が低い。受け入れ側と働く側、双方の問題点を感じました」
 

「それならば」と、臼井氏は形になるまで時間がかかることを覚悟の上で、まさにゼロイチの挑戦を決意した。障がい者への美容普及・障がい者雇用の職域拡大を目的として会社を設立したのだ。美容・ファッション業界へのアプローチや、企業の経営者や人事担当者たちと面会して障がい者雇用の重要性とその進め方について熱くプレゼンすることもある。
 

美容の力が、障がい者が自信を持つきっかけになることは彼女自身がよく知っている。障がい者のモデルマネジメント事業でも、障がいのある方たちが“美しくなる”経験を通じて、どんどん内面が変わっていく姿を目のあたりにしている。障がい者の道を切り拓く活動を通じて、本人たちだけでなく、その家族からも「未来に希望が持てた」という言葉をもらったことが臼井氏の大きなモチベーションになったそうだ。

障がい者の法定雇用率が改善されない理由


あえて難しい課題に取り組んだことについて「私の使命だと感じた」と臼井氏は微笑みながら、しかし強い口調で語った。
 

「世の中には障がい者に対する固定観念や、潜在的に刷り込まれている意識がはびこっています。でも実際に彼ら彼女らに接してみると、“普通の”人たちなんです。いわゆる健常者と言われる人たちにも、それぞれ得意なことや苦手なことがありますよね。そうしたことはほとんど問題にならないのに、なぜか障がい者に関してはできないことにスポットライトが当てられる。できることが決められてしまっているんです。シンプルに人それぞれ、という概念を浸透させて、その人の強みを活かせる場所や環境を社会に作りたいですね」
 

この10年間を切り取ってみても、テクノロジーの進歩や働き方改革の推進により、世の中は大きく変わった。冒頭でも述べたように、障がい者雇用に関する法律は定期的に見直しが図られ、SDGsにおいても目標が掲げられるなかで、障がい者に対する意識の変革も進んでいる。
 

しかし、複数企業の10年前と現在の障がい者人材募集要項を比較した臼井氏によると、記載内容がほとんど変わっていないという。その理由として、おそらく企業側も障がい者の活かし方が分からないのだと臼井氏は指摘する。障がい者のリアルを知る機会が少ないため、障がいごとの細かい特性や対応の仕方に対する理解が進んでいないそうだ。その結果が障がい者雇用を躊躇する姿勢や、前向きになれない現場の声につながり、法定雇用率の上昇を妨げているのだ。
 

そうした現実に対し、臼井氏は「一般企業に、もっと障がい者のリアルを届ける活動をしていきたい」と話す。現在取り組んでいる障がい者モデル媒体『アクセシブルライフマガジンporte』や、企業協賛のイベントなどもまさにその活動の一環だ。
 

「障がい者の特徴に応じて、社内(店内)のどこをバリアフリー化すると良いのかなど、それぞれのお客様に応じて雇用方法を提案していくコンサルティング活動にさらに注力していきたいです」

企業と障がい者が対等に話せる機会を


実際に障がい者の受け入れが進んでいる企業においても、「良い人材の確保が難しい」と回答した企業が55.8%、「採用後の定着がうまくいかない」と回答した企業が38.5%にのぼるという。(※)
 

臼井氏によると、法律に従い障がい者雇用を行ったものの、どのように働いてもらうのが良いか分からず、「ただ出社して自席に座っていてくれるだけでよい」と伝えている企業もあるそうだ。
 

「こうした現実は、障がい者の自己肯定感を下げてしまうことにつながりかねません。そうなってしまうと、会社にも本人にもメリットがないでしょう。障がい者自身にもやりがいを持って働ける仕組みをどう作るかが重要です」
 

それでは“意味のある”雇用環境を作っていくには、どのような観点が必要になるのだろうか。一番の解決策は「企業と当事者とが、対等に本音を話せる場を作ること」だと臼井氏は強調する。
 

「面談の機会を持つなど、まさに障がい者のリアルに目を向けていただき、互いに歩み寄る姿勢が必要だと思います。配慮は必要ですが、遠慮はいりません。心のバリアを解くことですね。障がい者側も、自らの言葉で自分のことを伝える。そして企業側も、障がい者に対する固定観念を取り払い、遠慮せずに相手のことを聞いていく。個別対応が増えると企業側の負担も増えますが、そうした地道な積み重ねが双方にとって有益な時間になっていくのではないでしょうか」

いつか自分たちの会社がなくなる日を目指して


臼井氏に今後のビジョンについて伺ったところ、第一声が「10年後、15年後に自分の会社がなくなっていればいい」という答えだった。少々面食らってその理由を尋ねたら、このような回答が返ってきた。
 

「最終的な目標を考えたときに、“世の中の障がい者に対するイメージを変える”ことだと気づきました。10年後、障がい者が当たり前に活躍する社会になって、私たちの会社理念が笑われるようになればいいなと。たしかに今は新しい就労環境を形にすることをテーマに障がい者の職域を拡大する事業に注力していますが、挑戦と実例づくりを同時に行っている感覚なのです」
 

障がい者と一口に言ってもその性質や個々のバックグラウンド、抱える課題は多種多様だ。だからこそ、企業側と当事者双方が互いの立場を尊重しながら、新しい働き方を共に模索していく必要があるのだろう。
 

「たくさんの企業や人たちと関わって、みんなで社会課題を解決していく。そんな使命をまっとうしたいです」終始明るく爽やかな口調で話す臼井氏だが、その内に秘めた熱量と覚悟には並々ならぬものを感じた。
 

※参照:株式会社D&I 『障害者雇用における課題に関する調査
 

<取材・文>
山中 茉由(やまなか まゆ)
早稲田大学在学中から、大学スポーツ新聞の編集・記者および学生WEBライターとして活動。卒業後は大手人材会社に入社し、企業向け教育研修事業部門の立ち上げに携わる。同事業では企画営業部署の責任者を務めながら、全国の大手~中小企業約300社に教育研修コンテンツを提供。自身も講師として、学生のキャリア支援や就職活動支援を行う。現在はフリーランスライター兼採用/教育コンテンツプランナー。趣味は4歳の息子と、愛する横浜DeNAベイスターズの試合を観戦すること。