コラム

採用ブランディングの必要性と始め方を、専門家に聞く | 株式会社NONVERBAL 代表取締役 冨士 武徳

“採用ブランディング”という言葉を頻繁に耳にするようになった昨今。ぼんやりとしたイメージはあるものの、「必要性についてはあまり実感がわかない」「導入するにあたって何から始めていいか分からない」といった経営者や採用担当者も少なくないだろう。

そこで今回は、採用ブランディングの豊富な実績をもつ株式会社NONVERBAL(ノンバーバル)の代表冨士武徳氏に、採用ブランディングの必要性と何から始めるべきなのかを伺った。

導入を検討している企業だけでなく、組織作りや経営に関する何かしらの課題を抱えている企業すべてに参考にしてほしい。

冨士武徳(ふじたけのり)
株式会社ノンバーバル代表。大阪デザイナー専門学校講師。過去、広告代理店のデザイナーとしてデザインや広告の知見を深める。一過性のツールとしての広告に対して疑問を抱き、企業の課題の核と向き合い、成長に関わることがしたいと、25歳の若さで起業。従来のデザイン会社やコンサル会社とは異なるアプローチによるブランディング会社の先駆けとして採用・事業・商品など様々なブランディング事業を手掛ける。

NONVERBAL,Inc.
【note】ブランディングって何?大切な3つのアレで明日からのビジネス経営が変わる。
Twitter 冨士ふじ@ブランディング会社の実話

採用ブランディングはインフラのようなもの

「勘違いされがちですが、採用ブランディングとは従来の採用手法に取って代わるものではありません。求人広告や人材紹介がスポット的に使用するものであるのに対して、採用ブランディングとはそれらの使用有無に関わらず経営基盤づくり、ベースとして常に取り組むべきもの。同時に、それは長い時間をかけて地層のように積み重ねていくことでできあがるものでもあります」(冨士氏)
 

そうしてできた地層は揺るぎにくい強固な基盤となり、採用を始めとした様々な経営課題に対して企業にメリットをもたらしてくれる。採用ブランディングは、経営を円滑にするための基盤づくりであると言える。
 

「採用ブランディングとは、いわば組織づくりに必要不可欠なインフラですね。より良い生活をしていくのなら、水道を止めて必要な時にだけ水を買いに行く人は恐らくいないでしょう。組織作りや採用においても同じことが言えると思います」(冨士氏)
 

一時的なコストをかけ続けるのではなく、常にブランディングに取り組むことで外部からの採用だけではなく、社内登用や離職率の低下につなげることができる。求人広告や人材紹介をスポット的に使用する場合においてもインフラが整っていれば、効果改善に大きく期待ができるだろう。
 

ちなみにブランディングをさらに細かく見ていくと大きく2つに分類することができる。社外へ向けたアウターブランディングと社内に向けたインナーブランディングだ。
 

「例えば、サービスを扱う企業であれば、社外に対して『期待→信用→信頼』を構築していくアウターブランディングが必要不可欠な一方、インナーブランディングをする場合は従業員から企業へ今度は『期待→信頼→愛着』という形で積み重ねていくことが重要になります。こと採用ブランディングにおいては、社内のことのようで社外のことなので、それら両方に存在する『期待』がまずは、重要なポイントだと言ってもいいでしょう」(冨士氏)
 

目的と方針を確認し、情報を開示する

採用ブランディングというと、情報に敏感であるほどSNSの活用や採用広報ツールなどをイメージする方も多いだろう。もちろんそれらは有効な手段である。しかしながら、それらの導入を検討する前にやるべきことがあると冨士氏は言う。
 

「まずは目的の確認が必要ですね。SDGsやESGが求められる今の時代。自社の在り方、目的、パーパスといわれるものを、まずはしっかりと固めて組織内で共有していく必要があると思います。そこに向けてどういった組織作りをしていくか。それが採用ブランディングにおける最初の一歩だと考えています」(冨士氏)
 

自社の目的を定めた後は、そこに向けての方針を策定する。「企業ごと、目的ごとに方針は様々ですが、すべての企業や組織体にとって持つべき方針がもう1つだけ言えることがあります。それは不都合なことを包み隠さず、真摯に情報開示をしていくこと。そして改善の姿勢を示していくことです」(冨士氏)
 

情報化社会と言われる今、求職者はかしこく、情報を取捨選択する。そんな中、不都合が隠し切れない状態にあるといってもいい。仮に不都合をうまく隠せたとしても入社後にギャップを感じて、結果として離職率の増加や帰属意識の低下を招いてしまうそうだ。
 

「はじめから真摯に不都合を含めた情報を開示して改善の姿勢を示していくことで、その姿勢や企業の思いに共感した人材の確保が可能になります。結果としてそれが強固な組織作りにつながるでしょう」(冨士氏)
 

目的と方針を固めることができたら、今度はそれらを社内全体で共有する。言葉として共有するだけではなく、従業員が自分ゴト化できるよう一人ひとりの感情を動かす必要がある。そこで重要になるのが、インナーブランディングだ。
 

ノンバーバルでは『ポテンシャル教育』という制度を策定して取り組んでいる。それぞれの強みを活かし、弱みはチームでサポートするという考えだ。一人ひとりの能力や意志を共有するために、全従業員との個別面談を毎月開催しているという。
 

ノンバーバルの例を挙げたが、インナーブランディングの手法は様々である。その企業にとってどういった方法が最適かを見つけるのは簡単ではない。一番大切なことはとにかく施策を取り入れてみること。合わなければ別の方法を探せばいいだけで、失敗を積み重ねていくことでオリジナルの採用ブランディングが完成することもあるそうだ。
 

そうして出来上がった自社の取り組みや方針、姿勢といったものを採用ブランディングとしてオウンドメディア(自社のPRツール、SNSやWEBサイトなど)で社外に発信していく。そこにはスポット的に利用する求人広告や人材紹介だけでは伝えることができない、ストーリーや思いの厚みが感じられるものがあるだろう。
 

「店長、ヤバい、マジ、カッコいい。」飲食店FCの事例

採用ブランディングの事例として、飲食店をFC展開する企業の事例を紹介いただいた。飲食店ではアルバイトの通年採用にコストが掛かり、正社員採用も難度の高くなりがちである。数十店舗のFCを展開するとなると企業も人材紹介と求人広告で、年間数千万円以上の採用コストが発生することが多い。
 

そこでノンバーバル社に協力を仰ぎ、採用ブランディングの本格導入を試みた。目標や方針を固める。そして、リサーチをする中で、アルバイトの人たちは会社を見ているわけではなく、日々店長の姿勢を見ている。という考えに行き着く。そこでインナーブランディングとして面白い施策を試みた。きっかけは社長の一言だった。「店長って…実はカッコいいんだ」ということ。
 

家族に対しては仕事場での夫、父の姿を見せる。アルバイトの人たちには、普段どれだけ一緒に働く仲間のことを考えているかを伝える。そのためにエリアごとの店長を集めて、家族や従業員に「かっこいい!店長!」をプレゼンして観覧してもらう半期イベントを催した。
 

妻や子どもは父の仕事では、なぜ帰りが遅くなってしまうかなどを理解して応援してくれるようになる。従業員は店長が普段は言えない思いや姿勢を知ることで帰属意識が高まる。機会と場を作り、働く中でのより良い関係性が生まれたことで、コロナ禍以前は毎年継続して開催されていたとのことだ。
 

店長の思いや姿勢を従業員に共有することで、会社への帰属意識や店長への憧れが高まり、アルバイトから正社員への登用率が上昇。家族を大切にする姿勢を示したことで、自分が正社員になった時の良いイメージにつながり、相乗効果となった。インナーブランディングとしてはこれ以上ない結果だ。
 

ここにきて初めてアウターブランディングとして社外に情報を発信していく。同社の場合は自社の採用サイトやSNSで、積み重ねてきたことを対外的に公開していく。アルバイトの新規雇用増加に離職率の低下、更には自社コンテンツの充実により人材紹介や求人広告へのコスト低減にも効果を発揮した。
 

コーヒーのドリップのように

採用ブランディングをしっかりと構築していくメリットは、採用だけに及ぶものではない。意志を共有して、社員の感情を動かすことができれば効果は多岐にわたる。
 

「営業は自身でモチベーションを上げることができ、売り上げにつながります。制作などの担当者はより良いものを作ろうという意識に変わり商品やサービスのクオリティが上がります。結果として採用のためにと動き出したことが、企業の収益増加にも影響を与えていきます」(冨士氏)
 

前項で挙げた離職率の低下もその効果のひとつだ。組織全体で会社を作っていこうという意識に変えることができれば、自然と退職者は減っていくだろう。企業経営や人事担当をしている人であれば、離職率を下げることがどれだけ大切か肌で感じていると思う。ブランディングによる社員の意識改善は組織作りにおいて必要不可欠だと言える。
 

「ただ、これらのメリットはすべて即効性のあるものではありません。コーヒーのドリップのように、一滴、また一滴と蓄積されていくものです。採用に関する利点以外にも、仕事の品質や組織形成、収益など。これらは少しずつ積み重なって、数字や目に見える効果として現れてくるのをグッと我慢して待つことも大切な見通しです」(冨士氏)
 

ブランディングは企業にとって必要不可欠なものだと述べたが、あえてデメリットを挙げるとすれば、とにかく時間がかかるということだ。
 

「目標や方針を固めて、従業員の意識改善を図り、施策を企画・実施して、社外へ発信していく。この過程のどれを取っても、行動に移してすぐに効果が出るものはありません。長期にわたる時間的コストや費用的コストもある程度は覚悟が必要となるでしょう」(冨士氏)
 

様々な効果をお伝えしたブランディングだが、本来の目的であった採用ブランディングについてはどのような変化をもたらすだろうか。採用サイトやSNSからの応募につながる、スポット的に利用する求人広告や人材紹介の効果が良くなる、といった効果もあるだろう。しかし冨士氏が一番伝えたいことは、“自社にとっての”優秀な人財が採用できるということだという。
 

「企業の欠点やそれを改善する姿勢、社内の取組みなどを全て開示していく。結果として企業の理念に共感した、自社にとって優秀な人財からの応募につなげることができます。これらの積み重なるメリットの内訳はというと、社内の会社に対する愛着や、社外のお客様や求職者からの信頼ですね」(冨士氏)
 

モノの時代からコトの時代へ

食べるために働く。良い車に乗って良い服を着たい。長く働いた人が評価をされる。いわゆるライスワークと言われる考えがひと昔前までは主流だった。しかし時代は変わり、より良い生き方がしたい、自分の好きな生活がしたいといったライフワークの考えが広まっている。企業としても「給料を支払うからこの仕事をやれ」という時代ではなくなったのだ。
 

「車や服などのモノが中心だったのが、生活や生き方などのコトが中心に変わってきた変化。これをモノの時代からコトの時代への変化だという風に私は表現しています」(冨士氏)
 

コトの時代へと移り変わることで、給与や役職だけで従業員のモチベーションを維持することが難しくなってきている。では何が有効な手段となるのか。従業員の幸福度を見ることが一番の近道だという。
 

「方法は色々あっていいと思います。個人面談を毎月行うことでもいいし、積極的にコミュニケーションを図りにいくことでもいい。とにかく社長が一番前に出て思いを伝え、一番汗をかいて、従業員の幸福度を確認する。これがコトの時代において一番有効な手段だと私は思っていますね」(冨士氏)
 

採用ブランディングについて様々な見解を述べたが、やはりインナーブランディングによるベースとなる基盤の積み重ねが重要であることは間違いない。すぐに結果が出るものではないが、改めて積み重ねの重要性を冨士氏は強調する。
 

「積み重ねた結果を採用ブランディングとして社外に発信した時に、その有効性が発揮されます。どちらが大事というよりも、基盤があってこその情報発信だということは紛れもない事実ですね。そのことを常に念頭においている企業が、本当に強い企業へと成長していくのだろうと思います」(冨士氏)

情報が手軽に入手できるようになった現代。採用ブランディングと調べるだけで大量の情報が流れ込んでくる。それが良いのか悪いのかは分からないが、冒頭に述べたように採用ブランディングというとSNSの活用や採用サイトなどの手段が一番に思い浮かぶ人も多いだろう。実は筆者もその一人である。
 

様々な社外に発信する手段ばかりに気をとられてしまい、肝心の発信する中身が疎かになっていては意味がない。今回お話を伺うことで改めて、まずは社内に向けて取り組むことの重要性について確認することができた。これを読んでいる方にも、採用ブランディングの考え方について見直すきっかけになれば幸いだ。
 

<筆者プロフィール>
寺島弘光(てらしま ひろみつ)
商品先物取引のトップセールスとして3年間勤務後、通信業界や求人業界の営業を経て、30歳を超えて大きな挫折を経験。現在求人広告をはじめとしたライターとして、新たな道を歩み始める。大阪人ながらに年間パスポートを保有していたほどのディズニー好き。趣味はバスケットボールで、自分でクラブチームを作るほど。推しは大阪エヴェッサ。千葉への移住計画を胸に、一児の父親として育児・ライティングともに一から勉強中。
 
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