コラム

次世代のヒトづくり×テクノロジー大会議「Life is Tech ! JAM 2024」レポート①(地方活性のキー、デジタル人材教育 ―未来を育む地方創生戦略)

2024年6月25日、次世代躍動社会づくりを目的とした教育カンファレンス「Life is Tech ! JAM 2024」(ライフイズテック株式会社主催)が開催されました。本イベントでは、AI・デジタル時代の教育や地方創生、企業DX、新しい働き方などのテーマについて、多彩なゲストによる熱いディスカッションが繰り広げられました。
当社では、3つのセッションを取材。今回は全3回にわたるイベントレポートの第1回をお届けします。テーマは「地方活性のキー、デジタル人材教育 ―未来を育む地方創生戦略」です。地域の人材採用や人材育成に課題を抱える人事担当者、経営者の方はぜひご覧ください。

【ゲスト】
今枝 宗一郎氏(衆議院議員)
細田 眞由美氏(前さいたま市教育長)
田中 義恭氏(文部科学省 初等中等教育局 参事官)
井上 貴至氏(山形市副市長)

デジタル教育が拓く、地方創生の未来

細田氏:私が昨年まで教育長を務めていた「さいたま市」は、合併後、毎年1万人ずつ人口が増えている珍しい自治体です。特に、0~14歳の転入超過数が9年連続で日本一に輝いているんですよ。子育て世帯が「さいたま市で教育を受けさせたい」と考えてくれている証であり、純粋に嬉しいですね。自身の経験からも、「教育で地域を盛り上げられるのは地方ならではだ」と考えていますし、デジタル教育との親和性も高いと感じます。一方で、国全体の取り組みについて、みなさんからご紹介いただけますか。
 
今枝氏:私は現在、文部科学省の副大臣を務めていますが、国としても「東京一極化」からの脱却のためにかなり尽力している状況です。その1つの取り組みとして、「社会機能移転分散型国づくり推進本部」を設立し、U・I・Jターンをどう進めるか、議論を重ねています。例えば、企業版ふるさと納税の拡充や、18歳未満の世帯員を帯同した移住者に対し、子ども1人につき最大100万円の支援金を支給する制度も作りました。支援金をデジタル教材の購入などに使い、東京での学習と変わらない学びを得てもらいつつ、地域ならではの自然体験を通じて非認知能力を高めていく。子どもたちの成長環境の充実という面でも、期待できる施策です。
 

田中氏:私は文部科学省初等中等教育局参事官として、高等学校の教育政策を担当しています。GIGAスクール構想に代表されるように、文科省でもデジタル教育予算が年々増えています。例えば、2023年より開始した「DXハイスクール」の取り組みでは、DX人材育成に取り組む全国1,010校の高校を対象に、各1,000万円を支給することが決まりました。合計100億円の予算を投じている計算であり、政府としても教育のデジタル化に本腰を入れているわけです。
 
子育て世代に、地域に長く住みたいと思ってもらうには、高校教育の充実が不可欠です。地方の小規模な高校を維持し、なおかつ魅力のある学校にしていくためにも、既存の資源に加えて「デジタル」の力が必要だと考えます。
 

井上氏:私は総務省からの出向で、現在山形市の副市長を務めています。山形県では、県内の企業・教育機関・自治体が連携して「やまがたAI部」というデジタル人材育成プロジェクトを開始しましたが、いまやその取り組みは日本全国に広がっています。本プロジェクトの目的は、高校生たちに「半径50センチの課題を、AIを使って解決する」プロセスを体感してもらうこと。例えば、「翌日の天気を踏まえて食堂のメニューの売れ行きを予測し、フードロスを減らす」など、ローカルだからこそ生まれやすい取り組みが特徴的です。
 

探究と実践で進化する学びのカタチ

細田氏:国も自治体も本気で取り組みを進める一方で、人口減少問題など、地域には乗り越えなければならない課題もたくさんあると思います。
 
今枝氏:たしかに、人口の流出は大きな問題です。国としても、子育て支援施策や教育の無償化プロジェクトなどを進めていますし、実際に待機児童が大幅に減少するなど、制度の面ではだいぶ充実してきていると言えます。ただし、いくら子育て支援施策を進めても、簡単に人口減少を食い止められるわけではありません。だからこそ、地域ごとに良い施策を継続し、質を高めていく必要があると思います。インフラが整備されつつある状況下で、今後カギとなるのは「教育の質」です。各地域に合った教育を、デジタルとリアルを融合して進めていくことが大切なのではないでしょうか。
 
細田氏:本当にそうですね。GIGAスクール構想でデジタルのインフラは整ってきました。今後は地域でどうデジタル人材を育成していくか、いわゆる「学びの質」の変革がポイントになりそうですね。
 

田中氏:ICTは文房具のようなもの。使うことが「普通」になってきていますよね。ただ、地域によって活用頻度に差があるのが現状です。さらに、活用自体が目的ではなく、ICTを使って学びの質をどう高めるかに注目する必要があります。
高校においては、「探究的」「実践的」「文理横断的」な活動にICTを活用する流れが生まれています。例えば地方の高校で、産業の活性化や観光、高齢化問題などの“地域の課題”を自分ごととしてとらえ、探究的な学びを行うツールとしてICTを活用するなど。まさに、高校生たちが自分自身の地域に関わっていくような教育が重要です。その結果、自分が住む地域を好きになり、東京に進学しても将来的に戻ってくるなど、継続的に関係性を保てるはずです。
 
細田氏:おっしゃるとおりですね。課題解決型の学習を通して自分が生まれ育った地域が大好きだと思った子どもたちは、長期的に地域を支えていく人材になる可能性が高いですよね。井上さんは「学びの質」という観点について、どう考えますか。
 
井上氏:個人的に、タブレットは本当に素晴らしいツールだと思います。どこでも学び続けられますし、双方型の授業や先生の働き方改革の実践にもつながります。例えば、生徒たちがタブレット上で「心の天気」をクリックすることで、先生に言いづらい事柄でも、デジタルの力で相談しやすくなるんです。ほかにも、個人の苦手分野に応じて練習問題を提示するなど、個別最適な学びの提供にも効果があります。
 
ただし、デジタルは「認知能力」の向上につながりやすい一方で、「非認知能力」をどう高めるかという課題も発生します。OECDの調査でも、日本は「自分の力で社会を良くすることができると思う」人が、先進国のなかで一番低いという結果が出ています。社会や行政が悪いと決めつけるのではなく、自分たちができる範囲で改善をし、自分たちで社会を良くしていくこと。社会が複雑化するなかで、チームを作る力や、協働して解決していく力を養っていく必要があると思います。
 
今枝氏:教育の質の向上に関するアイデアがたくさんあがりましたが、この点に関しては地域社会側のニーズも大きいですよね。地方の課題として、進学や就職のタイミングで、多くの人材が東京に出ていってしまう現状があります。特に就職先に関しては、若い人材やデジタルネイティブ人材が働きたいと思う仕事があまり存在しないと認識されがちです。でも、本当は若手人材の興味や能力を活かせる仕事がたくさんあるんですよね。例えば、既に存在する地域の仕事を、AIを用いてアップデートし、地方独自の成長戦略を描けるはずなんです。
 
最近では「数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアム」において、地域内でナレッジを共有しながら学びの環境を作る動きが進められています。さらに、地方企業のデータを教材として学校に提供し、AIとの連携を実現する実践的な学びも生まれています。まさに、デジタル領域に長けた人材を、地方で育てる環境づくりが大切ですね。
 

デジタル活用で、場所を越える教育革命を

細田氏:IT人材不足が加速するなかで、地域社会の礎を担う人材がITの力を高め、地方を盛り上げるために参画していくことが大事なのですね。ただし、デジタルに関する領域は地域差や学校間格差が生じがちです。その点について、みなさんの考えはいかがですか?
 
田中氏:義務教育においては、全国どこでも同じ水準の教育を行うことが大事であり、そこに今「デジタル」が組み込まれてきている状況です。文部科学省としては、アドバイザー派遣制度を整えたり、省内でもDX推進の専門家チームを設置し情報発信を行ったりしています。時間はかかりますが、都道府県や市町村の教育委員会の理解や尽力が求められる領域だと思います。
 
もう1つ、現場の先生方も専門家ではない状況下で、「社会に開かれた教育課程」が求められています。そのために、先ほど今枝副大臣からもお話があった「コンソーシアム」に代表される各大学との連携や、ライフイズテックさんをはじめとする教育企業との連携などが必要になるでしょう。
 
細田氏:デジタル領域は専門外であるにも関わらず、“やらなければならない”のが今の先生方の実情ですよね。そのような意味でも、外部の専門的な人たちと連携することが大切ですよね。
 

井上氏:デジタルは「場所を超える」ものだと思っています。例えば、山形東高校や南高校の俳句部では、角川俳句賞を最年少受賞した方に、Googleフォームを活用してオンラインで俳句を指導してもらっているんです。デジタルの基盤をしっかりと使っていくことで、東京と地方との格差を乗り越えられるのではないかと考えています。
 
細田氏:今後デジタルネイティブ世代が増えるなかで、自分たちでプラットフォームを立ち上げ、ベストプラクティスを共有していく環境も、デジタルだからこそ実現できるものですよね。そのような取り組みが、地域と都市部との格差を縮めるきっかけになると感じます。
 
今枝氏:デジタル・IT分野に関しては、2021年より各教育課程で「リテラシー教育」を強化する動きが始まりました。一方で、“地域を盛り上げられるレベル”のIT人材に関しては、各学年25万人程度を目途に育てていく必要があります。2026年度末までに230万人のデジタル人材を育成するという目標を達成するためにも、民間企業とも協力をしながら、早急にデジタル教育の水準を高めていきたいと考えています。
 

地域とテクノロジーが育む次世代リーダー

田中氏:高校に関しては、今後もさらに探究的な学習ができる環境を目指していきたいです。勉強は大学入試のためだけにするものではありません。子どもたちが自らの生き方を考え、ひいては地方創生につなげていくためにも、興味のあるテーマを掘り下げて学べる環境が必要だと考えています。
 
井上氏:デジタルはあらゆる分野や産業において求められます。山形県内でも、高校のスポーツ指導にデジタルを活用し、個々の能力向上につなげている実例があります。だからこそ、分野を問わずデジタルをどんどん活用していくことが大切だと思います。
 

今枝氏:ぜひ、みなさんにはどこかの地方でデジタル関連の副業・兼業をしてみてほしいと思います。地域の関係人口になり、デジタル面でのサジェスチョンをしていただきたいですね。子どもたちはそのような大人の姿を見るだけでも大きな学びになりますし、挑戦する姿勢の大切さを伝えることができるはずです。
 
細田氏:田中さんのお話にもあったように、探究型の学びを通じて地域の課題を解決できる若者がどんどん増えるでしょうし、私自身もまさに地域こそが次世代育成のチャンスなのではないかと考えています。今後さらに、地域とコラボレーションする人材が増えていくと面白いのではないでしょうか。
 
取材・文:金子 茉由